加藤けんいち日記

おだわら市民学校 開講!

 25 日、「おだわら市民学校」がいよいよ開講の日を迎えました。

 

 将来都市像を「市民の力で未来を拓く希望のまち」と定めている小田原市では、人口減少や少子高齢化、地域コミュニティの衰退や地域経済の空洞化、子どもたちを取り巻く環境変化など、難しい課題の山積する社会の現状にあって、それらを乗り越えていくことのできる「持続可能な地域社会」すなわち「問題解決能力の高い地域」を目指して、様々な取り組みを進めています。その中で、平成 29 年度からスタートした第 5 次小田原市総合計画「おだわらTRYプラン」の後期基本計画の重点目標に、「課題を解決し、未来を拓く人づくり」を明確に掲げ、取り組みを強化しつつあります。その中心的事業が、「おだわら市民学校」です。

 

 介護福祉、教育や子どもたちの見守り・育成、第一次産業、自然環境、観光まちづくり、郷土の文化芸能、防災、地域コミュニティなど、持続可能な地域社会を形成する主要な地域活動分野における、人材の高齢化や不足は深刻な状況にあります。一方、自らの持てる能力や経験、郷土への思いを、何らかの形で発揮し、地域への貢献や自己実現に繋げていきたいと考えている人たちは、地域内にまだ数多く存在しています。小田原の地域の現場での課題や可能性を学んでいただき、自らが活躍できる場を見出し実践へと踏み出して頂く、そんな学びと出会いの機会とすべく準備してきたのが、この 「おだわら市民学校」 です。

 

 足掛け 2 年の準備期間を経て、定員 30 名でのスタートを目指し募集をかけたところ、 55 名の皆さんが「入校」。「生涯学習センターけやき」にて開かれた市民学校の初日は、この「第 1 期生」の皆さんが勢揃い。世代は 10 代から 80 代までと幅広く、関心のある分野も様々で、半数の皆さんは現在のところ地域活動などには特に参加していないとのこと。世代も出自も異なる 55 名の皆さんはもちろん初対面で、開講時はやや緊張した面持ちでしたが、私からの 1 時間のお話と、その後のオリエンテーションや自己紹介を経て、 10 に分かれた班のメンバーを中心にコミュニケーションも進んだ様子、最後にはみんなで会場の椅子や机の片づけを誰からともなく手伝ってくれました。

 

 私からは、「おだわら市民学校とは」と題した演題にて、現在市が取り組んでいる様々な事業の様子、小田原市の目指す姿、この市民学校に何を期待しているかについてお伝えし、併せて、「縁あって第 1 期生の同期となられた 55 名の皆さん同士のコミュニケーションも大切にして頂き、今後のそれぞれの人生の糧として頂ければ」「全くオリジナルの学校であり、市職員も手探りと試行錯誤で運営していきます。第 1 期生の皆さんには、創業メンバーとして、この学校を共に育てて頂きたい」といったメッセージを伝えました。

 

 今年度はこの日を含め 12 回の講座が予定されており、そのうちの多くは地域内のフィールドに出て、講師となる皆さんの活動の現場を共有しながらの学びを含みます。 3 月の閉講の際には学んだことの成果発表なども予定されています。これからの 1 回 1 回を大切にしながら、 55 名の皆さんがそれぞれにしっかりと成果を得て頂けるよう、しっかり取り組んでいきます。
 

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大相撲小田原場所ほか

 24・25・26日と、酷暑の中、諸行事が続きました。
 

 台風20号が無事に過ぎ去った24日は、昨年に引き続いての「大相撲小田原場所」が、小田原アリーナにて開催されました。10年ぶりに開催となった昨年と比べると、お客さんの数は少し減ったものの、約3500名の観客がメインアリーナに陣取り、ナマ
で観る大相撲の迫力を堪能されました。事前に記念撮影を実施、4人の横綱がそろい踏みした昨年と比べると、引退した日馬富士、この日故障で大事を取って欠場した白鵬を除いた、鶴竜と稀勢の里の2横綱となりましたが、隣に立つ両横綱の体躯のボリュームに、今年も圧倒されました。午後に行われた幕内の取り組みでは、最近頭角を現している石浦などの若手力士や、圧倒的人気を誇る遠藤、新大関の栃ノ心などが、特に大きな声援を集めていました。来年以降もこの小田原場所が定着するよう、みんなで応援していきたいと思います。

 

 25日は、「おだわら市民学校」の記念すべき第1期が開校されました(これについては別途記します)。夕刻、松田町の酒匂川河川敷にて開催された「まつだ観光まつり」に顔を出した後、中村原にて開催された橘商工会青年部主催の「みんなの花火」へ。今年で10回目を迎える、橘地域を挙げての手作りのイベントで、今年度から中村原の埋立処分場グラウンドで開催。芝生広場のある、より広い空間となったこともあって、例年よりも大勢の皆さんが来場され、賑やかになったとの印象がありました。イベントの最後に打ち上げられた花火は、10回記念ということもありいつもより長く、そして見応えのある内容。満月前夜の見事な月と花火の競演となり、会場は大いに盛り上がっていました。

 

 26日は、朝一番で、前夜に引き続いての橘地区へ。下中小学校グラウンドにて小田原市総合防災訓練が実施されました。日中の最高気温が36℃になるとの予報通り、朝からガンガンに暑い中、大規模地震を想定した発災直後の救出救助活動や広域避難所開設、被災インフラ復旧などに向けた各機関の連携確認などを主眼とした訓練プログラムを展開。橘地域の皆さん、参加した関係各機関の皆さん、本当にお疲れ様でした。

 

 午後は、二の丸広場で行われていた「第6回風魔まつり」会場へ。あまりの暑さのためか、前日に引き続きこの日も来場者は例年より少なめ。そんな中、天下一忍者決定戦が今年も行われ、第11代の「風魔小太郎」、第5代の「おふう」が選出されました。暑い中、忍者装束をまとっての競技は、なかなかに大変だったことでしょう・・・。

 

 ダイナシティでは、イトーヨーカドーさん主催による「ハッピーライフフェア」が行われており、そこに参加していた小田原食品衛生協会の皆さんによる「適塩メニュー」の試食会に参加。昨年度小田原市が同協会に委託した健康メニュー事業に関連し、小田原短期大学の皆さんが作られた「野菜たっぷり適塩メニューレシピ」中のメニューである、「カラフル野菜の豆腐カルボナーラ」と、「じゃがいもとたまねぎの2層ムース コンソメジュレ乗せ」を、ダイナシティにて営業されている「MONTE ILCHIANTI」の皆さんの調理にて頂きました。減塩メニューであり、直前まで炎天下にいた私でしたが、塩分の不足を感じることなく、とても美味しく頂きました!事業委託3年目の今年度は、来年1月から3月にわたり、実際に小田原や箱根の飲食店などで様々な適塩メニューが提供される予定です。

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ワールドキャンプ in Odawara

 20日から23日まで夏休みを頂き、栃木・群馬方面で少し充電をさせて頂きました。標高の高いところでの滞在では、朝夕の涼しさに秋の訪れを感じていましたが、この週末も含め、残暑どころか今なお酷暑が続いています。7月上旬から一向に衰えない暑さに、気候変動を感じずにはいられません。

 

 休暇を頂く前の話になりますが、8月16日から18日にかけて、市内中学生を対象とした平和学習プログラムである「世界で活躍するナガサキ・ユース代表団と学ぼう〜ワールドキャンプ in Odawara」が、尊徳記念館を拠点として実施されました。17日の日記でご紹介した長崎の大学生たち5名をリーダーに、市内の約30名の中学生たちが2泊3日寝起きを共にし、ユース代表団の世界各地での活躍に学び、市内の戦争遺跡を辿り、戦時下の食事を皆で作り、自分たちができることについて共に考えるという企画。

 

 小田原市として初めての企画であり、2泊3日の学びの中で中学生たちがどのように学び成長するのか、とても関心がありましたが、私自身はスケジュールの都合で17日の夕刻のプログラムのみに合流。この時間帯は戦時下の食事を皆で調理し、一緒に頂く時間。尊徳記念館の2階調理室を訪ねると、エプロンにバンダナ姿の中学生たちが、調理室と配膳室でバタバタと夕食の準備をしており、大学生たちは自ら調理しながら、中学生たちに指示を出し、一緒に夕食の準備を進めてくれていました。全体の雰囲気としては、2日目にして既に一体感があり、交流そのものを楽しんでいる様子が窺えました。

 

 夕食の献立は、カボチャや煮干しを具材としたすいとん、蒸かしたサツマイモ、芋蔓のきんぴら。まずはこの献立を食べてみて、その味や量を実感するという試み。食後の感想としては「少ない」という声もあれば、「十分に美味しい」という声も。調理をお手伝いいただいた、小田原市食生活改善推進団体の皆さんのご指導とご協力に感謝です。夕食後には、ここまでのプログラムで感じたことなどを、中学生たちが発表してくれました。蓮上院土塁の空爆の跡や、松永記念館裏手の防空壕見学など、小田原にも残されている戦争の爪痕を知り、「戦時下の小田原地方を記録する会」の井上弘さんらのお話を伺うことで、感じるものが少なからずあったようです。

 

 3日間を通じての学びは3日目のプログラムで発表用資料にまとめ、秋以降に報告会を開く予定となっており、参加した中学生たちの学びは続きます。今回の試みがどんな成果に結びつくか、近日中に担当職員たちからも報告を受け、来年以降の定着と、より充実した取り組みに繋げていきたいと思います。

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長崎の若者たち

 8月のお盆が明けました。最近は京都五山の送り火(いわゆる大文字焼き)もテレビで生中継されますが、我が家でも昨夜は例年通り玄関先でお焚き上げをし、小さな炎を見守りながら行く夏を感じたところです。今朝は涼しく、連日の暑さのなかにも秋の気配が少しずつ入り込んで来たようです。

 

 16日、長崎からの若者たちが市役所を訪ねてくれました。この若者たちは、「ナガサキ・ユース代表団」の第6期生のメンバー5人。今回は、16日から18日までの3日間の日程で開かれている、小田原市主催の次世代平和継承事業である「ワールドキャンプ in Odawara 」の講師団として、参加する市内中学生たちをリードする役割を担ってもらいます。

 

 ナガサキ・ユース代表団は、長崎大学などが主催する人材育成プログラムのひとつで、公募で選ばれた若者が平和問題について実践的に学び、国連等での国際会議に参加するなどしながら、自ら考え行動する力を身に付けることを目的として、国内外で活動しています。今回来てくれた5人は、長崎大学多文化社会学部の中島大樹さん、永江早紀さん、原田怜奈さん、長崎県立大学国際情報学研究科の孫明悦さん、長崎純心大学人文学部の酒井環さん。尊徳記念館で開かれるワールドキャンプの会場に向かう前に、市長室に挨拶に寄ってくれたものです。

 

 今年は、小田原市が平和都市宣言を制定してから25周年の節目であり、平和への取り組みを次世代に継承するとともに、若い世代が、戦争の悲惨さを知ることによって平和を守らねばとの意識を高めるだけでなく、身の回りから積極的に「平和を創る」担い手になってほしいとの思いから、長崎を拠点に日々平和への活動を行い、国内外を巡って自ら国際平和の担い手として活躍する大学生たちに、3日間のプログラムを通じて親しく触れ、将来国際的な視野を持って活躍できるようになってほしいと企画したものです。この企画にあたっては、昨年長崎での平和祈念式典に先立って開かれた平和首長会議にてお会いした、平和や軍縮の問題に取り組んでいる長崎大学准教授の中村桂子さんにご尽力いただき、若者たちが今回のプログラムを企画するサポートをしていただきました。

 

 16日はキャンプの初日であり、会場の尊徳記念館で代表団の皆さんから活動の様子や世界の平和を巡る状況についてのレクチャーが行われたほか、夜はみんなで映画「この世界の片隅で」を鑑賞。本日17日は市内の戦争遺跡を巡り、午後はグループに分かれてワークショップ、夜は戦時下の食事体験としてみんなで「すいとん」を作ったり、私との懇談などが予定されたりしています。市内各中学校から参加した30名の生徒たちが、3日間寝起きを共にし、平和について学び、国際的に活躍する目上の先輩たちの姿に触れ、そして友情を育む・・・。このキャンプが、今年の成果を踏まえて今後小田原で毎年開かれ、若者たちが育っていくプログラムとして定着していくことを願っています。
 

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ときめき国際学校、市職員の陸上での活躍

  15日午後、平成30年度の「ときめき国際学校」に参加している生徒たち15名が、交流先であるオーストラリア・ノーザンビーチ市から帰国しての報告に、市役所を訪ねてくれました。

 

  今年で28回目となる「ときめき国際学校」。オーストラリアのシドニー近郊にある、旧マンリー市、現在のノーザンビーチ市との間で、中高生たちが毎年20名ほど参加し、相互に市を訪問、ホームステイでの滞在、2週間近くにわたる様々な経験や学びを通じて、国際感覚を養うとともに両市・両国の友好親善に貢献するような人材として育つよう、取り組みが重ねられてきました。旧マンリー市が近隣の2市と合併してノーザンビーチ市となってから2年が経過しますが、現在もほぼ同じスタイルで事業が継続できています。

 

  それでも、先方の受け入れ事情などから、今年の募集人数は例年よりも人数を減らして15人。中学2年生から高校2年生までの男女15名が選ばれ、6月から始まった事前研修などを経て、7月24日から8月5日にかけてノーザンビーチ市を訪問していました。

 

  報告会では、今年も生徒たちを率いてノーザンビーチを訪れていた尾紀昭会長からのお話のあと、この日集まった13名の生徒たちから一人ずつ感想や思い出を語ってくれました。ノーザンビーチ周辺の美しい海岸線や広大な自然公園、様々な施設を訪ねた際の印象など、色々なエピソードが紹介されましたが、ほぼ全員に共通していたのは、ホームステイ先でのホストファミリーとの生活と交流のこと。英語でのスムースな会話ができなくても、家族の一員として温かく迎え入れてもらい、共に過ごした日々、国の違いを超えたコミュニケーションの経験は、深く心に刻まれたようです。10月にはノーザンビーチからの生徒たちが小田原にやってきますが、「今度は私たちがしっかりとおもてなしをしたい」と、みんな一様に述べていたことからも、今回の訪問が参加した生徒たちにとって大切な財産となっていると感じ、嬉しく思いました。

 

  この日、本市の市税総務課職員である黒田玲奈さんが、和田総務部長らとともに来室。過日開催された陸上競技の神奈川県選手権兼国民体育大会選手選考競技会にて上位入賞したこと、重ねて8月24日に茨城で開催される関東選手権大会に神奈川代表で出場する旨の報告がありました。

 

  黒田さんは平成27年入庁の、現在4年目の職員。中学校時代は野球部に入り男子に交じって選手として活躍していたくらいの活発な女子で、高校〜大学時代は陸上部に所属。得意種目は走高跳と三段跳びで、ベスト記録は高跳びが1m75僉∋庵閉靴咾12.72m。今回の県大会では走高跳で3位、三段跳びでは1位を獲得しました。

 

  市職員としての忙しい職務をしっかりとこなしながら、退庁後に城山陸上競技場などで練習を重ねるなど、日々トレーニングを継続、毎年複数の大会にも出場してきました。今回、関東選手権に出場することとなり、そこで目標の3位以内を達成し、来年の日本選手権、そして2年後の東京オリンピックを目指したいと、高い志を語ってくれました。仕事と陸上の両立は容易ではないでしょうが、ぜひとも夢を実現するべく、頑張ってほしいと激励しました。朗報を待ちたいと思います。

| - | 17:19 | - | trackbacks(0) |
台風被害に関する緊急要望を提出

  15日、朝一番で神奈川県庁へ。「平成30年台風12号・13号による災害に関する緊急要望」を、黒岩知事あてに提出しました。

 

  小田原市長、真鶴町長、湯河原町長の連名で作成した要望書の内容は、大きく二つ。

 

  ひとつは、この1市2町を結んで沿岸を走る国道135号関係。緊急度の高いものとして防災対策工事の更なる推進、高潮などに襲われた場合の道路利用者の緊急避難場所の確保、災害が迫っていることについてのリアルタイムでの情報共有手段(ライブカメラなど)の整備など。さらには、代替道路のない沿岸部の交通機能を補完する意味でも、広域農道小田原湯河原線の一日も早い完成と、静岡県とも協力して進めている小田原‐湯河原間はもちろん、静岡県側との繋がりも視野に入れた「伊豆湘南道路」のような広域をつなぐ道路整備による道路ネットワーク構築に向けた検討への着手などを掲げました。

 

  もうひとつは、台風が東から進んできたことによる、想定していなかった高潮・高波の被害を受けた沿岸の水産施設や港湾施設、観光機能の復旧に向けた各種要望。小田原では、来年初夏に開業予定の小田原漁港隣接の交流促進施設周辺の防波堤・防潮堤機能の強化、真鶴では被災した真鶴港の港湾施設早期復旧と岩漁港沖合防波堤の建設、湯河原では被災した福浦漁港の復旧と、12軒の海の家が全壊した吉浜海岸への緊急入り口の整備、そしていずれの施設についても高潮などの監視システムの導入などを要望しました。

 

  県側は、道路整備や漁港水産分野を所掌する浅羽副知事を筆頭に、県土整備局の鈴木局長、環境農政局の玉木局長をはじめとする多数の部長・課長級職員の皆さんがご同席頂き、私たちからの要望をしっかりと受け止めていただきました。浅羽副知事は12号通過の翌日、直ちに小田原をはじめとする被災現場を自ら視察、既に私たちと同じレベルで状況認識と課題把握、さらには今後取り組むべき施策の検討に入っていることもあり、「既決予算内でできることはできるだけ早く、また今後議会のを議決を得るべきことについても、しっかり取り組んでいく」旨の、心強いご返答を頂きました。

 

  今後、我々1市2町と神奈川県の緊密な連携と共同作業のもとに、今回の被災を機と捉え、沿岸部の安全安心の確保に向けた動きを進めていくことになります。

| - | 17:16 | - | trackbacks(0) |
新斎場の建設現場

 ここ数日、不安定な天候が続いています。午後になると内陸部で積乱雲が発達、それが南下して丹沢から箱根、更には西湘地区にもかかり、雷鳴と共にゲリラ豪雨がやってくる、というパターン。一昨日は御殿場方面でのすさまじい豪雨が箱根を超えて小田原にも懸かり、昨日は豪雨とはならなかったものの大雨警報が発令されました。お盆休みで観光地は最盛期を迎えていますが、酷暑とは違う意味で悩ましい天候です。

 

 13日は、午前中に庁内で複数のミーティングを行った後、午後は小田原市立病院の川口病院長らとともに北里大学病院を訪問、この春から病院長に就任されている岩村先生にご挨拶。現在小田原市立病院は複数の大学医局から派遣されている医師らによって医療体制を組んでおり、毎年派遣元の大学病院をお訪ねして良好な関係の継続と派遣体制の充実などをお願いしています。今年は既に横浜市立大学附属病院、東海大学医学部付属病院にそれぞれ病院長をお訪ねしており、今後も昭和大学病院などを予定しています。

 

 小田原に戻り、久野で行われている新斎場の建築現場を視察。大雨警報が発令されていたものの、さほどひどい降りではなく、ヘルメットを着用し現場へ。この日はお盆で休工となっており、担当である環境部環境政策課の職員が案内してくれました。

 

 現斎場を稼働させながら、新斎場を建設している現場は、以前の待合棟を解体した後に新たな建物を建築中であり、仮設の待合棟や駐車場スペースの確保などで、敷地は目いっぱい使われている状況。新たな建物は既に鉄骨で躯体が組みあがっており、2階建ての大きな建築がその姿を見せつつあります。1階の奥には9基の火葬炉が既に設置されており、その手前にはお別れのスペース、そして大型バスも入れる広い車寄せのスペースがあります。2階にはかなり広い待合スペースが確保されており、ここからの市街地及び相模湾方面の眺望はなかなかのものです。

 

 周辺の皆さんの協力を頂きながら工事は着実に進められており、順調に進めば来年7月から新たな火葬施設が稼働し始め、その後周辺の外構などの整備を並行して行いながら、31年度いっぱいで全ての工事完了を目指しています。構想から用地の選定、整備手法の検討、地元との調整など、長い年月を要してきた斎場整備も、いよいよ完成が近づいてきたことを、現場に立って実感。引き続き、建設・整備の進捗を見守っていきます。

| - | 12:10 | - | trackbacks(0) |
チュラビスタ市との青年交流

  10 日、平成 30 年度の小田原市・チュラビスタ市青年交流事業に参加した若者たちが、市役所を表敬訪問してくれました。

チュラビスタ市からは、ヴィンセント・ロペスさん、アラン・コントレラスさん、シャンテル・リベラさん、カサンドラ・ニコル・シャンドさんの 4 名。小田原市からは、山田萌香さん、瀬戸あんずさん、大塚諒さんの 3 名。

 

  交流事業は、まずチュラビスタ市の青年たちが小田原を訪問、 10 日余りの滞在ののち、彼らの帰国と合わせ小田原の青年たちがチュラビスタ市を訪問、やはり 10 日ほどのプログラムに参加する、という日程。チュラビスタの 4 人は先週 3 日に小田原に到着しており、私とは 4 日の酒匂川花火大会の会場で顔を合わせていましたが、日程調整の関係で表敬訪問がこの日になったものです。

 

  すでに一週間以上小田原に滞在しており、ホストファミリーのお宅での生活をはじめ、日本文化体験や市内外の見学・訪問などを通じて出会いや学びを重ねています。今年の小田原は例年以上に暑く、途中は台風襲来などもありましたが、元気に充実した毎日を送ってくれているようで、何よりです。 13 日夜に市内でさよならパーティを行い、 14 日には小田原の青年たちと共にチュラビスタに戻ります。

 

  小田原から参加した 3 名は、それぞれ海外経験があり、また高校時代にオーストラリア・ノーザンビーチ市(旧マンリー市)との交流事業である「ときめき国際学校」プログラムに参加した人もいて、そうした経験を更に深めたいとの思いで今回参加してくれています。小田原代表でチュラビスタとの友好親善を担うつもりで、しっかり自覚をもって行動してほしいと、私から激励をさせて頂きました。

 

  今年で 35年目を迎えるこの青年交流事業は、既に双方の市を合わせて 200 名を超える青年たちが参加し、両市間のみならず日米間の親善交流と国際感覚をもつ人材の育成に貢献してきました。当初は、小田原はミカン、チュラビスタ市はレモンという名産を持つ、いわば「柑橘つながり」で始まった姉妹都市交流ですが、 30 年近くを経てそれぞれの市の状況も変容を遂げ、今日的な課題を視野に入れた交流の充実が必要な時期を迎えています。また、それぞれの市で受け入れを支えてきた小田原海外市民交流会の役員の皆さんも世代交代が進み、若手人材の確保が課題となっています。ともあれ、今年度の交流も中身の濃い、参加した青年たちの生涯にとって大切な宝となる出会いや経験が得られることを願っています。

| - | 17:33 | - | trackbacks(0) |
真鶴・湯河原の両町長と検討

  8日、台風13号が翌朝に最接近するとの予報があり、朝一番で先日被災した小田原漁港西側の交流促進施設の準備状況を視察。台風接近に伴う高波が港湾施設に打ち付ける様子を、幾つかのアングルからしばし確認。防波堤の蓋掛け工事が未了の部分や、西側の海岸で消波ブロックが設置されていないところからの波が、どうしても高く上がることが見て取れました。

 

  台風12号と異なり、風向きが北からであることもあって、私が見ていた時間帯に越波して施設近くに流れ込むことはありませんでしたが、高さ数メートルの大きな波が断続的に押し寄せており、台風通過まで十分注意して臨むよう職員に指示。結果的に、それ以後越波はなく、施設の被害はなかったとの報告を受けています。天候が安定している間に、周辺の簡易舗装なども含め対策を打っていくことになります。

 

  そこから、箱根ターンパイク〜椿ラインを経て、湯河原町役場へ。台風12号の被害を踏まえ、国道135号と沿岸施設への対策について神奈川県に緊急要望を提出すべく、宇賀・真鶴町長と、冨田・湯河原町長と私とで、その内容や今後の方針について意見交換を行いました。

 

  箱根を経由して湯河原入りしたのは、台風12号通過に際し国道135号の通行止めが遅れたために高潮による車両の多重事故が発生したことへの反省を踏まえ、前日の7日17:45から、国道135号、真鶴道路、西湘バイパスが全て通行止めになっており、小田原真鶴間は県道740号(いわゆる「旧道」)一本だけの道路で車両交通をさばいている状態で、前後が大渋滞。小田原〜湯河原を移動する車両の多くは、大きく迂回して箱根を超えざるを得なかったためです。まさにここに、県西部の沿岸地域が抱える道路ネットワークの脆弱性が露呈しています。また今回は、湯河原から先の伊豆方面に向かう車両が利用する「熱海ビーチライン」も100m近い区間が路面崩落するなど通行止めとなっており、湯河原〜熱海間も大渋滞。夏休みの観光シーズンのピークにあって、この相模湾西岸沿いの道路事情はたいへん厳しい状況です。

 

  両町長とは、こうした現状を踏まえて、ひとつには、国道135号が抱える安全上の課題の解決、加えてそれを補う代替道路機能の確保に向け、国・県・市町が協力をして課題解決にあたること、もうひとつは、大きく被災した沿岸部の漁業・水産施設の復旧や強靭化にむけての支援について、強く求めていく旨を確認。来週15日、神奈川県の浅羽副知事に対し、3人そろって要望書を手渡す予定です。

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酒匂川花火、みなとまつり、軽トラ市

  台風13号は、当初想定よりもかなり東側を通過。昨日午後から今朝にかけて、強い風が吹いたものの雨はほとんど降らず、大雨警報の発令もなかったため、避難所の早期開設も見送りました。一方、交通面では、12号の高波被害の教訓から、7日の夕方より国道135号・真鶴道路・西湘バイパスが通行止めとなった影響で、前後の沿岸はひどい渋滞となりました。熱海ビーチラインは路盤の崩落等で再開の見込みが立たず、夏休み最盛期で車が集中する中、こちらも前後に深刻な渋滞が続いているようです。今後、この小田原〜熱海の沿岸部道路の安全確保をどうするか、もはや一地域だけの問題ではなくなってきており、国や県と協力しての早急な対策が必要となっています。

 

  先週末、市内では様々な夏の行事が繰り広げられました。

 

  4日夕刻は、29回目を迎えた「小田原酒匂川花火大会」。今年もたくさんの企業協賛などを頂き、県内最大級
の1万発の打ち上げとなりました。酒匂川河川敷には今年も見渡す限りの観客が早々と陣取り、1時間ほぼ休みなく打ちあがる花火を堪能。今年の花火は昨年以上にバリエーションが豊富であり、かつ濃密なプログラム。併せて、小田原青年会議所の皆さんによるレーザー光線での演出もあり、かつてない見ごたえのある内容となりました。お帰りになる皆さんも口々に「今年は凄かった!」と喜んでおられました。

 

  5日は朝から、28回目となる「小田原みなとまつり」。9時すぎに主会場である水産市場に着くと、既にたくさんの来場者で大賑わい。開会式では、実行委員長である小田原市漁業協同組合の高橋組合長からご挨拶があり、台風12号で多くの漁業者や水産施設が被災し開催が危ぶまれたものの、こういう時だからこそ小田原の水産の絆を発揮し、内外に小田原の魚を発信すべく、開催を決断したとのお話がありました。実際、定置網が破れたり流されたり、肝いりの荷捌き施設が損壊したり、漁港施設が被害を受けたりしており、その復旧が待ったなしの状況。小田原の水産振興のために力を合わせて下さった関係者の皆さんに心から感謝したいと、私もご挨拶で述べさせて頂きました。

 

  まつりの冒頭、公募をかけていた交流促進施設の愛称とロゴマークの選考結果発表があり、愛称は「漁港の駅TOTOCO小田原」に決定。とと(魚)の宝庫という意味の造語で、とても親しみの持てる呼び名。ロゴマークも、小田原の「小」と、魚や波しぶきなどをデザインしたもの。また、地元水産関係の若手チーム「小田原地魚大作戦協議会」が募集していた、漁港周辺の通りの名称も「小田原おさかな通り」に決定。それぞれ、作者の皆さんが表彰されました。

 

  5日夕方は、恒例となった「軽トラ夕市」。17時から20時過ぎまでの夕刻、銀座通り南街区の道路を封鎖、軽トラや沿道商店などがブース出店し、野菜や米、パンや各種ファストフード、クラフトやアート、そして音楽パフォーマンスなど、盛りだくさんの賑やかさ。空き店舗を活用したアートプロジェクトも含め、毎回何らかのチャレンジが仕込まれているのも、この軽トラ市の特徴。運営を担っている平井書店の平井さんをはじめとする若手の皆さんの心意気、いつもながら本当に素晴らしいと思います。今後の更なる進化と、他の商店街への広がりを、大いに期待します。

 

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