加藤けんいち日記

お城通り地区再開発 最終局面に

  8 日、小田原駅東口のお城通り地区再開発事業における(仮称)広域交流施設新築工事の起工式が行われました。

 

  昭和 59 年に小田原市が国鉄より貨物ヤード跡地を取得、以来この貴重な土地の再開発に向け、地権者の皆さんと再開発準備組合を設置、取り組みを開始してから実に三十有余年。平成 27 年にお城側半分に東口駐車場及び UMECO がオープン、残る駅側半分に構想してきた広域交流施設が、この日いよいよ着工となったものです。

 

  この間、バブル経済の全盛期とその崩壊、長期景気低迷、リーマンショックなど、国内外の経済情勢が大きく変転する中、この再開発事業でも幾つかの事業プランが浮かんでは消え、 10 年ほど前に事業者として決まっていた会社がリーマンショックのあおりで倒産するなど、厳しい状況が続いてきました。事業に協力をしてきた地権者の皆さんにはたいへんなご心配とご苦労をおかけしてきた中、市としてもこの事業の成就に全力を傾けてきました。それだけに、この日を迎えるにあたり、私はもとより、事業推進に取り組んできた職員たちにとっても、誠に感慨深いものがありました。

 

  起工式では、事業者である万葉倶楽部蠅旅盒狭芦馗垢蕕箸箸發法鍬入れ。その後のセレモニーでは市長として挨拶をさせて頂き、この事業を担っていただく万葉倶楽部さんに感謝を伝え、五洋建設蠅覆彪設に携わる皆さんに工事の無事をお願いするとともに、周辺商業者や地元経済界の皆さんにはこの拠点を共に育てて頂くことを、そして長年ご苦労をおかけした地権者の皆さんには改めて感謝とねぎらいをお伝えしました。

 

  約 190 室の都市型ホテル、大きな会合が可能なコンベンション施設、商業施設および業務フロア、観光バスの乗降スペース、駅ビルなどを繋ぐ回遊路、加えて駅前に移転する市立図書館、子育て支援施設などを擁する、複合施設。城下町・宿場町である小田原の表情を持ち、市民にも来訪者にも便益を提供するとともに、小田原のみならず県西地域回遊の起点ともなる、今後の地域活性化に極めて重要な役割を果たす拠点となります。2020年、東京五輪開催前の開業を目指し、関係者が一丸となって事業を進めていきます。

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顕彰五百年キックオフ、松原神社例大祭

  北條五代祭りから一夜明けた 4 日、小田原城本丸広場にて、北条早雲公顕彰五百年事業キックオフイベント「 Go !北条早雲黎明記」が開催され、オープニングセレモニーに登壇するとともに、多くの来場者で賑わう会場にて参加者と交流をさせて頂きました。

 

  このイベントは、小田原開府 500 年となる今年 2018 年と、早雲公没後 500 年となる 2019 年の 2 年間に渡り、北条五代の顕彰を進めるべく断続的に講演会や催事、更には各支城のあった地域でのイベントなどを繋いでいく一連の取り組みの、いわば先駆けとして行ったもの。墨絵師の御歌頭(おかず)さんによるライブペインティングを皮切りに、歴史に詳しいタレントさんや研究者などの皆さんなどが登壇してのトークライブや、武者スタイルでのパフォーマンスなどが披露され、大いに賑わっていました。

 

  また本丸広場では、昨今流行の戦国武将キャラクターを取り扱ったゲームソフト各社の出展ブースが設置されていましたが、そこには朝早くから多くのファンが詰めかけ、長蛇の列に。戦国時代、そして北条五代に関心を持つ人は数多くいますが、今までとは異なる切り口でのイベントによって、新たな層の人たちが集まってきていることを実感。時代の変遷を感じるとともに、今後に向けての大いなる可能性を見た思いです。

 

  翌日の 5 日、既に 4 日から私の地元である谷津地区では大稲荷神社の例大祭が始まっており、私も氏子の一人として神輿の渡御などに参加していましたが、途中で離脱、松原神社の例大祭を拝見に伺いました。これは、飲料でお馴染みのダイドードリンコが長年取り組んできた「日本の祭り」認定事業にて、松原神社例大祭が選出され、その認定証授与と、同社会長による祭りの視察が行われたため、私もご一緒させて頂いたものです。

 

  今年で 16 年目を迎えたこの活動は、すでに全国の祭り 379件を認定しており、 2018 年は全国 35 の祭りを認定。それぞれのご当地のテレビ局と連携して特別番組を制作するなどして、地域固有の祭りをサポートするという、これぞ社会貢献というべき同社の事業。祭礼会場へ足を運ぶ前に、同社の眈床馗垢ら認定証の授与を受けました。

 

  その後、会長らとともに松原神社へ。 5 月 5 日の宮入りは、例大祭のクライマックスとして各町内の30基近くの神輿が順々に参道を突っ駆けます。神輿の基数もさることながら、それぞれの地区の皆さんの結束と熱の入れよう、そして宮入りの迫力に感服。また、市議会議員の神戸さんにご案内いただき、各地域から繰り出されている見事な山車、その上で披露されているお囃子の様子など、祭礼を成立させている地域の営みにも触れることができました。地域で脈々と受け継がれてきた、こうした文化こそ、次代へと継承していかねばならないと、強く感じました。

 

  なお、「日本の祭り 2018 松原神社例大祭」は、 6 月 10 日(日)12:00〜12:55に TVK で放映予定。ぜひ多くの方にご覧いただきたいと思います。

| - | 17:48 | - | trackbacks(0) |
北條五代祭り

   ゴールデンウィークが昨日をもって終わり、今日から 5 月のスケジュールが本格的に動いていきます。 3 日未明に大雨が降った以外は、風が強い日が多かったものの、おおむね好天に恵まれた 9 日間。さまざまな行事が各地で行われ、賑やかな日々でした。

 

  5 月 3 日、小田原市最大の観光行事である北條五代祭りが開催されました。事前の天気予報ではこの日だけ傘マークが取れず、直前の情報でも朝までの大雨と強い風が来ると言われていたので、たいへん心配していましたが、 9 時前には雨もあがり、出陣式の時には晴れ間が広がって、色とりどりの幟旗が風に翻る、絶好の祭り日和となりました。

 

  昨年に引き続き、早雲公役に合田雅吏さん、氏政公役に高嶋政伸さんをお迎えし、元気よく行列がスタート。事前の天気予報を受け、この日は沿道のお客さんは少ないのではと思っていましたが、馬出門をくぐってみると、若干少ないとは言え例年通りの、溢れんばかりの観客の皆さんに迎えられました。かまぼこ通り、青物町と人垣は続き、国際通りで多少減るものの、大工町以降はいつもと変わらぬ大声援。一足先に帰陣し、後着の皆さんをお迎えして労いました。

 

  終わってみれば、沿道での事故は一切なく、無事に終了。毎年思うのですが、 20 万人を超える観客が沿道に詰めかけ、関係者も含めれば 2000 人近い人たちが関わるパレードが動きながら、大きなトラブルもなく、皆さんが気持ちよく関わって下さり「楽しかった」と思っていること、そして天候も味方してくれていることは、私には奇跡のように思えます。そうした感謝の思いを、パレード終了後に開かれたレセプションで関係者にお伝えしました。なお、レセプションの場で高嶋さんから「来年も呼んでください!」の一言があり、万雷の拍手を浴びておられました。

 

  来年は、北条早雲公没後 500 年という節目の年であり、前日の 2 日に北条家の菩提寺である箱根湯本・早雲寺での催事を組み込むなど、より拡充したプログラムで実施することを計画しています。 2020 年の大河ドラマは明智光秀公が題材のものに決まってしまいましたが、気を落とすことなく、より一層の顕彰活動に力を注いでいきたいと思います。

| - | 17:37 | - | trackbacks(0) |
生活保護行政に関する検証会

  4 月 30 日、 UMECO 会議室において、「生活保護行政に関する検証会」を開催しました。昨年 1 月に明るみに出た本市生活支援課職員による不適切な表現のジャンパー着用問題に対し、直ちに設置した「生活保護行政のあり方検討会(座長・井手英策・慶応大学教授)」によって取りまとめられた報告書における諸提案に基づき、 1 年間様々な改善策に取り組んできました。この日の検証会では、それらの取り組み状況について報告するとともに、「あり方検討会」の 5 名の委員の皆さんから、取り組みの達成状況に対する評価と、今後に向けた忌憚のないご意見を頂きました。

 

  あり方検討会からの報告書に盛り込まれた提言については、すべて取り組むべきものとして真正面から受け止めさせていただきました。その取り組み状況(市HPに掲載)については、生活保護制度利用者へのアンケート調査のみ未実施(今年度実施予定)ですが、それ以外にはすべて着手。「保護のしおり」の全面改訂をはじめ、ケースワーカー数の適正化、申請から決定までの日数の短縮化、ケースワーカーの専門性を高める各種研修実施、専門機関との連携、地域力を生かした自立支援の取り組み強化、市民アンケートの実施、各種業務改善によるケース対応時間の捻出など、一定の結果を生み出してきたことについて報告。

 

  委員の皆さんからは、それぞれの取り組みについてご評価を頂きつつも、利用者の声がまだしっかり把握できていないこと、母子世帯の生活保護制度の利用率が低いことについての踏み込みが足らないことなど、いくつかの点についてご指摘とご提案を頂きました。さらに、一連の取り組みが、小田原市として全庁的に進めている「ケアタウン構想」や地域コミュニティ政策としっかり繋がって、「生きづらさ」や「生活困窮」「社会的孤立」を生み出さない、市全体としての地域政策ないし社会づくりの取り組みに明確に位置付けられていくことが大切であり、ぜひそれを通じた「小田原モデル」を目指してほしい、との貴重なご意見も頂きました。

 

  報告書による取り組み提案を頂いてから 1 年であり、ほぼすべての項目に着手はしていますが、それらが十分な効果に帰結しているかと言えば、まだ道半ば。この日の検証会はあくまで途中経過報告ですが、取り組んでいく方向について確認を行い、今後に向けてより意識すべき点を分かち合え、たいへん有難いことでした。座長である井手先生からは、これらの経過報告の文字には表れていない、大変な重圧の中で努力を重ねた職員らに対しての、ねぎらいの言葉も頂きました。私からは、委員の皆さんに対し、これからも市の生活支援行政の改善と進化、更には「小田原モデル」の形成に向け、引き続き忌憚のないご指導およびご支援を賜りたいと、お礼を兼ねて依頼をさせて頂きました。

| - | 17:58 | - | trackbacks(0) |
Wheelog 、障害者スポーツ大会

  22 日から 27 日にかけて訪問したドイツより 28 日朝に帰国。フランクフルトから羽田に向かう機中で、訪問の先々で出会い学んだことを反芻、それらを踏まえ小田原でできること・取り組むべき事柄について整理しました。連休が明けたところで、今回訪独を共にしたメンバーとも議論し、今後に繋げたいと考えています。

 

  ドイツでも例年より季節の巡りが早いとのことでしたが、帰国してみると日本では既に木々の緑は「新緑」を過ぎて色濃く、初夏の雰囲気を感じます。大型連休の賑わいが各地から伝わってくる中、小田原でもいよいよ明後日に「北條五代祭り」を迎えます。低気圧が通過するようで、天候が心配されますが、何とか無事に開催できることを祈っています。

 

  ドイツに出発する直前の 21 日午前、小田原にて「 Wheelog (ウィーログ) in 小田原 みんなでつくるバリアフリーマップ」というイベントが行われ、私もご挨拶に伺いました。

 

  このイベントは、県西地区リハビリテーション連絡協議会の皆さんの主催で、車いす利用者が街で行動するうえで役に立つ情報を、まち歩きをしながらスマホアプリに登録し、誰もが使えるマップ情報として作り上げていく企画。飲食店、店舗、公共施設、公園、歩道などについてのバリアフリー情報や、それらの場所で受けられるサービス、サポート体制、車いすの視点からの気づきなどが盛り込まれるこのアプリは、既に各地で導入が進められています。

 

  今回のイベントでは、このアプリを発案し立ち上げてきた、自らも障害を持つ織田さんも参加。また、小田原での実施に当たり全面的に協力頂いている国際医療福祉大学のバックアップや生徒さんたちの参加もあり、スタート前のセレモニーでは既にとても和やかな雰囲気に満ちていました。

 

  バリアフリーという点では、毎年予算をかけて少しずつ整備をしてはいますが、小田原のまちも含め、どこでもハード面での課題はまだ多くあります。一方、歩道や店舗前などのちょっとした段差、施設内の使い勝手などは、その周りにいる人たちやスタッフの気遣いや助力でクリアーできる、いわばソフト面のバリアフリーでかなり対応ができるものでもあります。マップ作りでは、こうしたソフト面のバリアフリー情報なども盛り込むことで、その街が秘めている「支えあう心」や「気遣い」を顕在化させる効果もあります。障がいをもつ人たちが気持ちよく楽しむことができる街は、当然ながらお年寄りや高齢者、来訪者にも優しい街。今回のマップ作りが、小田原の街全体がそうした街になることへと繋がっていってほしいと思います。

 

  帰国の翌日である 29 日には、城山陸上競技場にて「神奈川県障害者スポーツ大会」の陸上競技会(知的障害者)が開かれました。小田原では初めての開催であり、絶好のスポーツ日和のもと、県内から約 300 名の参加者で大いに賑わいました。青く茂った柔らかい芝生の上で、参加者たちはまさに心も体も解き放たれたように元気いっぱい。この日の競技成績で、夏に福井で行われる全国大会の出場者が決まるとあって、その後行われた各陸上競技種目でも熱が入ったことでしょう。

 

  再来年にパラリンピックの開催を控え、小田原でも障がい者スポーツへの取り組みを進めているところですが、こうした機会を捉え、更に充実を図っていきたいと考えています。

 

| - | 12:03 | - | trackbacks(0) |
シュヴァルツバルトを抜けて

  26日、視察プログラムへ出発する前の早朝、フライブルグ市街地を一人で散策。前日はゆっくりできる時間がほとんど取れなかったので、以前歩いた記憶を辿りながら、小1時間ほどでしたが石畳の街を巡りました。大聖堂の周りの広場では、花やソーセージなどを売るマルシェの出店準備がすでに始まっていました。
 

  この日の視察は、南ドイツの中で特に活発に再生可能エネルギー事業に取り組んでいる、ソーラーコンプレックス社の手がけた施設の訪問、およびシンゲン市にある同社でのレクチャー。フライブルグからバスで約2時間、広大なシュヴァルツバルト(「黒い森」)地帯を抜け、たおやかな高原状の丘陵地がどこまでも拡がる風景を眺めながらの移動。新緑が眩しい森、よく手入れのされた牧草地、黄色いカーペットを敷き詰めたような菜の花畑、清楚な白い花をいっぱいに開かせている林檎の木々、絵本に出てくるような農家…。見飽きることのない景色です。

 

  車中では、ベルリン在住の優秀な研究者で、今回通訳も兼ねて帯同頂いた西村さんから、ドイツの教育プロセスや働き方などについて詳しく聴かせてもらい、なぜドイツでこうしたエネルギー大転換が合理的に進んでいるのか、その前提となる国民性と社会参画の姿勢について、だいぶ納得がいきました。

 

  視察ではまず、ブージンゲンという村に設置されている太陽熱利用の熱供給施設へ。村に張り巡らせた5kmの配管網を通じ、約110の住宅や施設に熱を送っています。熱源はここで得られた温水と、補足的に用いるチップボイラー。次に訪ねたランデッグ村では、これから新たに設置される熱供給施設の工事現場も見せてもらいました。

 

  視察及び午後のご案内は、同社代表のミュラー氏と、通訳兼ガイドとして現地在住のジャーナリストである滝川薫さん。巨漢でとてもエネルギッシュなミュラー氏の話はたいへん興味深いものがありました。ソーラーコンプレックス社では、自治体や都市公社ではない民間企業としてこれらの事業に取り組んでおり、ボーデン湖周辺の村々でこうした地域単位での再生可能エネルギー事業を進めています。その事業を貫く理念は「市民企業」。地域の中にいる市民や企業の誰もが参加でき、事業に用いる人材や資源も、またそこから得られる経済的成果も、地域から求め地域に帰属させることで、地域循環を達成しています。

 

  自治体、都市公社だけではなく、先日カッセルで話しを伺った住民協同組合、更にはこうした市民企業などが重層的に活動を進めているドイツ。その背中はまだ遥か先であり追いつくには相当な時間がかかるでしょうが、とにかく、小田原で出来ることを着実に積み上げていくこと。ミュラーさんの熱く語る姿を拝見しながら、そんな思いを深めていました。

 

  濃密な学びの日々だったドイツ視察も、この日でプログラムは終了。帰国後、今回の成果を如何に小田原で活かしていくか。さっそくに、参加したメンバーの皆さんと意見交換し、具体的な動きに繋げていきたいと思います。次に訪独する時は、その成果を携え、今回お世話になった皆さんに報告したいものです。
 

| - | 17:16 | - | trackbacks(0) |
12年ぶりのフライブルグ

  25日朝、カッセルからICE(ドイツの高速列車)に乗り、ドイツ南部のフライブルグへ。カッセルでは少し肌寒くどんよりと雲がかかっていましたが、南に向かうにつれて青空が広がり、丘陵部に葡萄畑の広がるフライブルグに着く頃には、すっかり晴天となっていました。
 

  フライブルグには、市長に就任する2年前、持続可能な社会の先進地に学ぶべく二週間かけて欧州を訪ねた際、最後の数日間にわたり様々な取り組みや街づくりの様子を見せてもらっており、12年ぶりの再訪でした。その時にガイドを依頼した池田憲昭さんが、今回も訪問団のガイド役を引き受けられており、彼との再会もまた楽しみにしての訪問でした。
 

  到着後直ちに軽い昼食を済ませ、訪問団を2チームに分けて視察を開始。私は、前回は池田さんのガイドを受けていたので、今回はフライブルグを拠点に活躍されている環境ジャーナリストの村上敦さんのガイドによるチームに。午後1時半から夕方6時過ぎまでの、これまた相当に密度の濃い視察となりました。

 

  フライブルグ名物のトラム(路面電車)で中心部から少し郊外へ。人口が増え続けている状況に対応するための住宅供給ニーズ、加えて地域のエネルギー消費改善の目的も兼ねて、整備や大幅な改修工事が計画的に進められている公営集合住宅での取り組みと、市としての住宅政策の概要。隣接して設置されている、3万人への熱供給を行っている施設。かつての軍用施設跡地に市民主導で開発され世界的にも有名となった、ボーバン地区の街づくりの経緯と現在の様子。自動車の乗り入れが禁じられている中心市街地の賑わい…。

 

   村上さんは、それら視察を通じ一貫して、エネルギー政策の観点からの意義を明確に説明してくださいました。詳細は省きますが、化石燃料や原発に依存しないエネルギーへの大転換を、具体的かつ効果的に進めるためには、住宅部門や交通運輸部門などにおいて、現状の正確かつ克明な状況分析に基づいた政策とその計画的な実施が何より重要であり、フライブルグの取り組みはそのノウハウに満ちていました。
 

  私自身、12年前の視察では、ある意味憧れの地であったフライブルグの、観るもの全てが魅力的かつ理想の姿に思われ、それらをできる限り自分のマニフェストに反映をさせました。今回、就任後10年を経験してきた20万都市の現職市長として、改めてフライブルグの街で進められている果敢なチャレンジに接し、大いに感じるものがありました。また同時に、こうした素晴らしい街づくりの実際を、日々苦労をかけている職員たちにも見せたいとの思いも強く抱いたところです。

 

   12年前はまだ開発からの年数も浅かったボーバン地区は、年月が経過してすっかり「人が暮らしコミュニティが息づくまち」とでも言うべきエリアとなっておりました。溢れんばかりの緑、そこかしこにある憩い、若い親たちの語らい、車の入ってこない道や公園で走り回る大勢の子どもたち、近郊農家の新鮮な農産物で賑わう広場でのマルシェ…。そこには、紛れもなく、私がかつてフライブルグの街づくりに見出していた理想的な、持続可能な地域の表情が具現していました。そしてそれは、何かとても懐かしい風景にも思えました。ここで改めて見聞したことを、小田原でどう活かせるか。まとまらないままの様々な考えが、頭の中を巡っています。

| - | 17:46 | - | trackbacks(0) |
カッセルにて日独環境エネルギー会議

  3日目の朝を迎え、既に馴染んだ感のあるオスナブルックを、早朝に大型バスで出発。アウトバーンをひた走り、ドイツ北部の主要都市の1つであるカッセルへ向かいました。

 

  道中の車窓に展開する美しく広大な牧草地と森、そこに林立する風力発電プラントが織りなす壮大な風景は、自然環境と豊かな農の営み、それと調和を図りながら着実に進んでいるエネルギー大転換という、日本の遥か先を行くドイツの姿を、まぎれもない現実として私たちに示していました。車内にいた訪問団のメンバーの誰もが、ドイツと日本の余りの差に、ある意味言葉を失いつつ、どこまでも広がるその風景に見入っていました。

 

  カッセルでは、今回の訪独のメインプログラムと言える、日独環境エネルギー会議に、全員で出席。11時過ぎから夕方5時まで、ドイツにおけるエネルギー分野での自治体・都市公社・エネルギー協同組合・民間企業・地域自治組織における実践の紹介、その中で得られている今後への展望と課題などが、極めて濃密に共有されました。

 

  また、我々小田原での取り組みについて、私と、湘南電力株式会社の原社長により、プレゼン。遥か先を行くドイツの実践者の前ではいささか気の引ける思いもありましたが、官民の緊密な連携、市民参加、エネルギーの地域マネジメントへの取り組みなどを紹介したところです。

 

  詳しい内容については、帰国後にまとめて報告できればと思いますので、ここでは割愛しますが、都市公社が担っている地域での重要かつ効果的な役割、送配電網の買取も含めエネルギーの地域自給に確実に向かっている各地域でのチャレンジ、身近な地域でのエネルギー自給に力を発揮するドイツならではの住民自治の歴史、広域の自治体が連携して圏域のエネルギー自給を目指す取り組み、更にはそうした実践を後押しする多彩なサービスを提供する企業の存在…。幾重にも繋がり広がりを見せているドイツでの取り組みに、改めて驚かされました。

 

  一方で、小田原を含めて日本でのこの分野の取り組みは、歴史的背景や制度の違いもあって、まさに未だ黎明期にあり、この日ドイツから語られた異次元段階の実践と課題解決策について同レベルで論じ合うことは難しかったのですが、単に電力の地域自給だけでなく、交通運輸、都市基盤、情報化、教育なども裾野に含んだ、これから目指すべき街づくりを構想する上で、「そこまで出来るのか!」と思わせてくれた会議でもありました。頂いた多くの素材を、小田原にてどのように適用していけるか。今回参加したメンバーとも 、継続的に構想作りの議論を深めたいと思います。

 

  それにしても、視察や会議、移動などの濃密なスケジュールゆえ、周辺の街並みや市民生活の様子などを詳しく見る時間はほとんどありません。カッセルはグリム童話の地であり、有名な城跡など、訪ねてみたいところもありますが…、今回は移動中の車窓からしっかり眺めることします。

| - | 17:18 | - | trackbacks(0) |
オスナブルック市との共同発表

 23日、滞在先のホテルより徒歩にてオスナブルック市庁舎へ。前日と打って変わっての悪天候が予想されていましたが、風の吹き抜ける爽やかな日に。庁舎6階からはオスナブルックの街並みとそれを取り囲むように広がる豊かな森が望まれ、改めて長い歴史と豊かな環境をもつ街であることが感じられました。

 

 午前中は、まず市庁舎にてオスナブルックにおける再生可能エネルギー普及への取り組みについて、気候変動部長のゲルツ氏などからレクチャー。その後、オスナブルック都市公社へ移動、都市公社の事業内容の全体像、都市交通分野で構想されている新たな交通モデル、及び近隣の7つの自治体が協力して都市公社を立ち上げ電力供給事業に取り組んでいる様子について、たいへん示唆に富んだ報告を受けました。

 

 軽い昼食後、エネルギー効率の高い「パッシブハウス」でもある公社の庁舎、及び庁舎の熱供給を賄っている木質チップのプラントを拝見。そこから移動し、知的障害などを持つ児童たちが学ぶ学校施設に導入されたパッシブハウスとしての諸機能見学、続いては都市公社が手がけるスポーツジムと市民プール、更には太陽光発電の電力で走るゴーカートの室内サーキットなど、様々な事業を興味深く拝見。小田原で導入する可能性について、訪問団の皆さんとも話が弾みました。

 

 夕刻、かつて欧州全体を巻き込んで拡がっていた30年戦争を終結させた「ウェストファリア条約」締結の場所である、歴史ある建築物において訪問団一同が見守る中、オスナブルック市と小田原市が今後持続可能な地域づくりの取り組みに関し、環境エネルギー分野における連携を深めていくことを謳ったオスナブルック市長との共同発表(ジョイント・ステートメント)に署名。これからの取り組み充実に向け、改めて覚悟を深めた瞬間でした。

| - | 17:17 | - | trackbacks(0) |
ドイツ・オスナブルック市を訪問

  羽田からフランクフルト、更にミュンスターへと飛行機を乗り継ぎ、22日朝、オスナブルック市に到着。一昨年より続いている、日本とドイツの環境・エネルギー分野の連携プロジェクトの一環で、26日までドイツ各都市で行われる日独環境エネルギー会議や先進事例視察などのプログラムに参加しています。

 

   オスナブルックでは、小田原にもすでに何度かお訪ね頂いている、同市の気候変動部長であるデトレフ・ゲルツ氏らと再会。休息をいれる間も無く、すぐに市内をご案内頂きました。再生可能エネルギーをうまく利用したり、気候変動による生命活動への学習に配慮された、ドイツ北西部で人気の動物園。古くは13世紀から存在する重厚な石造りの寺院などを中心とする、美しい旧市街地。都市公社が運営する大きな電気バス。味気なくなりがちな幹線道路へできるだけ樹木を植えるための技術的な工夫…。長時間の移動直後であり、この日は慣らし運転的なスケジュールでしたが、12年ぶりのドイツは変わらずに美しく素敵であり、何より、広大な農場や豊かな森がどこまでも打ち続く風景、古くからの建築物が大切に守られている街の佇まいなどから感じられる、変わるべきでない普遍的な価値を大事にし、誇りとしてきた、この国の人々の意識の確かさのようなものを感じます。

 

   今回の訪問団は、小田原で再生可能エネルギーの自給に向けて取り組む「湘南電力」や「ほうとくエネルギー」、および関連団体の若い面々をはじめ、環境省からドイツ大使館に赴任しておられ一連の日独環境エネルギー連携プロジェクトの取り組みを育てて頂いている川又参事官のご縁で全国より集った30名ほどで構成されています。ドイツでの先進事例や担い手の人々との出会いからできるだけ学ぶことはもとより、あと5日間ご一緒する訪問団の皆さんとも絆を深め、小田原での、そして日本での再生可能エネルギーの実践の進化に繋げたいと思います。

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