加藤けんいち日記

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少年院閉庁式

  15日、小田原少年院の閉庁式が行われました。
 

  明治36年、新玉に横浜監獄小田原分監として開設され、明治39年に現在地に移転。大正11年に小田原少年刑務所として独立するも、翌年の関東大震災によって被災。昭和2年にかけて復旧工事が行われ、現存する講堂や道場、教室等を整備。戦後、内閣印刷局のインキ製造工場、小田原拘置支所などを経て、昭和27年に小田原少年院として設置。以来、65年におよぶ歴史を刻んできました。

 

  昭和30年代には定員を超える過剰収容状態が続いた時期もあり、また小田原の郊外への移転が取り沙汰されたこともありましたが、体育指導や生活指導などの取り組みを中心に、出院後の就職に備えた各種職業能力開発や国家資格取得の推進、各種認定試験や検定の受講なども指導が行われるなど、不断の努力が重ねられてきました。また、多くの市民や団体の皆さんにより少年たちの更生に向けた熱心な支援活動が行われてきたことも、この少年院の大きな特徴でした。近年、少子化や入院少年の減少などの中、当初は移転も計画されていたものの、閉庁という形で廃止されることとなったものです。

 

  この日は、法務省矯正局長(代理)や東京矯正管区長、横浜刑務所長など関係機関からの臨席に加え、地元で少年の更生を見守ってきた教誨師(きょうかいし)、篤志面接委員、保護司、更生保護女性会などの皆さんも列席。様々な思いを胸に、閉庁式の次第が厳かに進められ、小田原市長としても歴代関係者の皆さんのご尽力に敬意を表する旨、ご挨拶を述べさせて頂きました。式の中では、少年院での学びや指導を糧として、出院後に社会で活躍されている皆さんの紹介や、特に支援活動に尽力された皆さんへの感謝状贈呈なども行われました。少年院の歴史を振り返るスライド上映では、様々な時代の変遷を経ながらも、「敬風学林」の理念のもと、多くの人たちの尽力によって支えられてきた「人間教育」の場であったことを、改めて振り返ることができました。

 

  閉庁式の前後、広大な敷地をご案内頂き、大正時代から丁寧に維持されてきた、講堂、道場、作業場、学寮など、歴史の刻まれた諸施設の姿を、とても感慨深く拝見。敷地内には、樹齢400年を超えると言われるクスの巨樹も。私にとっても、家から芦子小学校に通う通学路が少年院の横を通っていたこともあり、幼いころから見慣れた風景でもありました。

 

  15日現在でまだ13名の少年たちが在院しており、今年中には他施設へ移送、今年度いっぱいをもってすべての業務は終了となる予定とのこと。その後、この広大な施設をどのようにするか、後継の管轄となる財務省により、検討が進められていくことになります。その行方については、市としてもしっかりと意見を伝えていくつもりです。

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