加藤けんいち日記

ツーデ―マーチ、八王子いちょう祭り

  17日・18日の週末は、事前の気象情報による雨の予報が見事に霧消し、絶好の行楽日和となりました。

 

  この季節の一大イベントである「城下町おだわらツーデ―マーチ」は、第20回という節目の大会。例年、2日間の開催のうちどちらかが雨になるなど、天候が芳しくない年が続いていましたが、今年は17日が文句なしの晴天、18日もほぼ好天に恵まれ、参加者も2日間で延べ9000人近くに達するなど、前年比でも大きく増加。

 

  私は、17日に行われた小田原コース30辧20辧10辧6劼料棺佝式に参加、全国各地からの参加者のスタートを見送りました。参加者の中には、20回すべてに参加している強者(つわもの)が57人も。また、記念大会ということで、費用面の課題から休止していた、ゴール後の温かな汁物などの振る舞いも復活するなど、例年以上に工夫を凝らし、もてなしを手厚くした運営が行われました。

 

  同日、箱根コースには例年を大きく上回る1000人以上のウォーカーが参加。出発地点を元箱根から湯本に変えたことで集合しやすくなったこと、もとより箱根の紅葉シーズンのピークということもあったのでしょう。これも今回の工夫の成果でした。
隣の二の丸広場では、こちらも恒例の「小田原市農業まつり」が開催されており、一年で最も野菜が豊富な時期でもあって、会場のあちこちで新鮮な農産物が顔をそろえていました。2日間好天に恵まれたこともあり、各ブースとも売り上げは好調だったようです。

 

  18日は、朝から八王子へ。一昨年姉妹都市盟約を締結した八王子市の一大イベント、「八王子いちょう祭り」にお招きを頂きました。朝のうちは雲行きの怪しい空模様でしたが、次第に薄曇りから晴れに。小田原よりも幾らか肌寒い中、名物のイチョウ並木は見事に色づいていました。

 

  同時開催される「クラシックカーパレード」スタート会場では、全国各地から集結した内外のクラシックカー約250台が展示されていました。年式が古いにも関わらず、丁寧にメンテナンスがされた名車たちをじっくり拝見。そこからいちょう祭りの会場まで、全車が行進するパレードに参加。稲葉さんという方の運転するベンツのオープンカーに載せて頂き、沿道を埋めた八王子の皆さんの声援を頂きながら進みました。その後、到着した公園の特設ステージでのセレモニー、小田原からも出店していた物産展の視察など、たいへんな賑わいの中でまつりの雰囲気を堪能しました。

 

  まつり後の姉妹都市懇親会では、八王子が誇る郷土芸能「車人形」を特別に拝見する機会がありました。同じ人形浄瑠璃でも、相模人形芝居「下中座」などで見られる3人遣いと異なり、一人の遣い手がまさに人形と一体化したように操る、表現力のたいへん豊かな芸能で、とても魅力的でした。何度もお訪ねしている八王子ですが、歴史を刻んできた都市の奥行きに改めて触れた気がいたします。

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北条早雲公没後五百年供養祭

  16日、伊豆の国市にて「北条早雲公没後五百年供養祭」が執り行われました。

 

  来年2019年は早雲公の没後500年にあたり、前年である今年からゆかりの市町では様々な取り組みが行われています。早雲公は小田原を攻略し後代における関東平定の足掛かりを築いたあと、伊豆の拠点であった韮山城にて晩年を過ごし、この地で終焉を迎えました。北条氏一族の菩提寺は湯本・早雲寺ですが、終焉の地である韮山城を要する伊豆の国市では「北条早雲公没後五百年記念事業実行委員会」を立ち上げ、今年から来年にかけて一連の記念事業を計画されておられます。今回そのさきがけとして、供養祭が行われたものです。

 

  韮山城には、以前一度お訪ねし、城の縄張りや遺構を拝見したことがあり、今回は2度目の訪問。ふもとにある江川邸付近から歩き、樹木が鬱蒼と茂る急峻な韮山城の山を登っていくと、本丸跡地は綺麗に刈り払われて、北に美しい富士、足下には田方平野の田園、対岸にはかつて堀越公方などのあった丘陵部を望む、絶景が広がっていました。広場に設けられた祭壇には、早雲公の法名が記された木製の大きな位牌が据えられ、伊豆の国市長、伊豆市長、江川家当主をはじめ、北條氏ゆかりの関係者らが見守る中、伊豆の国市仏教界の僧侶の皆さん15名ほどによる読経が行われました。小田原からは、観光協会の石田会長と観光DMO高村マネージャーも参加。


  時おり暑ささえ感じる日差しの中、美しい富士を背景にした祭壇を拝みながら、500年を超えてなおその遺徳を及ぼしている早雲公の存在の大きさに改めて思いを致していました。備中荏原荘(現在の岡山県井原市)に生まれ、騒乱の続く京の都で室町幕府の官僚として力を蓄え、混沌としていた伊豆を平定、関東への足掛かりを築き、民を安んじる領国経営を展開した五代百年におよぶ北条氏の礎となった早雲公。激動の人生の終局、故郷の荏原荘とよく似た風景をもつこの韮山城で過ごした晩年は、どんな心持ちだったのでしょうか。

 

  小田原では、現在小田原城天守閣で開催されている特別展、今週末(24日・25日)に本丸広場で予定されている顕彰イベント、年度末にかけて行われる各種講演会やシンポジウムなど、関連企画が続きます。早雲公も含め、五代百年の顕彰にしっかり取り組んでいく予定です。

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少年院閉庁式

  15日、小田原少年院の閉庁式が行われました。
 

  明治36年、新玉に横浜監獄小田原分監として開設され、明治39年に現在地に移転。大正11年に小田原少年刑務所として独立するも、翌年の関東大震災によって被災。昭和2年にかけて復旧工事が行われ、現存する講堂や道場、教室等を整備。戦後、内閣印刷局のインキ製造工場、小田原拘置支所などを経て、昭和27年に小田原少年院として設置。以来、65年におよぶ歴史を刻んできました。

 

  昭和30年代には定員を超える過剰収容状態が続いた時期もあり、また小田原の郊外への移転が取り沙汰されたこともありましたが、体育指導や生活指導などの取り組みを中心に、出院後の就職に備えた各種職業能力開発や国家資格取得の推進、各種認定試験や検定の受講なども指導が行われるなど、不断の努力が重ねられてきました。また、多くの市民や団体の皆さんにより少年たちの更生に向けた熱心な支援活動が行われてきたことも、この少年院の大きな特徴でした。近年、少子化や入院少年の減少などの中、当初は移転も計画されていたものの、閉庁という形で廃止されることとなったものです。

 

  この日は、法務省矯正局長(代理)や東京矯正管区長、横浜刑務所長など関係機関からの臨席に加え、地元で少年の更生を見守ってきた教誨師(きょうかいし)、篤志面接委員、保護司、更生保護女性会などの皆さんも列席。様々な思いを胸に、閉庁式の次第が厳かに進められ、小田原市長としても歴代関係者の皆さんのご尽力に敬意を表する旨、ご挨拶を述べさせて頂きました。式の中では、少年院での学びや指導を糧として、出院後に社会で活躍されている皆さんの紹介や、特に支援活動に尽力された皆さんへの感謝状贈呈なども行われました。少年院の歴史を振り返るスライド上映では、様々な時代の変遷を経ながらも、「敬風学林」の理念のもと、多くの人たちの尽力によって支えられてきた「人間教育」の場であったことを、改めて振り返ることができました。

 

  閉庁式の前後、広大な敷地をご案内頂き、大正時代から丁寧に維持されてきた、講堂、道場、作業場、学寮など、歴史の刻まれた諸施設の姿を、とても感慨深く拝見。敷地内には、樹齢400年を超えると言われるクスの巨樹も。私にとっても、家から芦子小学校に通う通学路が少年院の横を通っていたこともあり、幼いころから見慣れた風景でもありました。

 

  15日現在でまだ13名の少年たちが在院しており、今年中には他施設へ移送、今年度いっぱいをもってすべての業務は終了となる予定とのこと。その後、この広大な施設をどのようにするか、後継の管轄となる財務省により、検討が進められていくことになります。その行方については、市としてもしっかりと意見を伝えていくつもりです。

| - | 17:15 | - | trackbacks(0) |
受け継がれる『木・技・匠』

  14日、来週末の23日・24日・25日の3日間にわたり開催される「小田原・箱根『木・技・匠』の祭典」の実行委員の皆さんが、開催に先立ち市長室へご案内に来てくださいました。

 

  このイベントは、1911年に発足した「競技会」から「小田原・箱根地方デザインコンクール」、2000年からは隔年で「木製品フェア」、2014年からは「木・技・匠の祭典」と名称を変えながらも、当地域の木製品産業の技術向上や販路開拓、更には情報発信などを目的に、この業界最大のイベントとして開催されてきました。

 

  現在の名称になってから3回目の今回は、先人たちからの知恵や技術を受け継ぎ、それを礎に新たな世界を切り拓きつつある若手職人たちが中心となり、「木ってすごいね」をテーマにした多彩な企画がチャレンジされています。会場は、5年目に入ったHaRuNe小田原。箱根物産連合会のパイロット店である「TAKUMI館」、隣接するハルネ広場、うめまる広場などを縦横に活用し、2018「木のクラフトコンペ」入賞作品の展示、体験型ワークショップの開催、職人の皆さんによる実演や体験指導、子どもたちが木のおもちゃで遊べる広場、そしてもちろん小田原・箱根地域の多彩な木製品の展示即売も行われます。

 

  市長室にお越しいただいたのは、実行委員長の露木清勝さん、そして副実行委員長の乾靖史さん、太田憲さん。露木清勝さんは箱根物産連合会会長でありこの業界のリーダーですが、副実行委員長のお二人は、乾さんが37歳、太田さんが39歳と、台頭する若手作家の象徴的存在。このほか、清水勇太さん、府川寛さんという若手二人を含めた、4人の副実行委員長態勢で、この企画を引っ張っています。また、今回のクラフトコンペで大賞を受賞された松本育さんは、20代の女性。この業界は、名だたる先人たち、そして現在も第一線で活躍するベテラン、そして新たなデザインや機能を持つ作品を次々に生み出す30代から40代の若手世代、更に20代の若者たちの参入という具合に、世代が連なり、知恵や技が確実に伝承され、お互いに高め合い、しかもそれが新たな領域へと展開しつつあります。常日頃から、様々な企画展や集まりに伺わせて頂き、皆さんの様子を拝見してきた中で、そのことの素晴らしさをヒシヒシと感じています。

 

  5年目に入り、小田原駅前の顔として、また市民の皆さんの交流の場として、すっかり定着した感のあるHaRuNe小田原を会場に開かれる今回の祭典、本当に楽しみです。できるだけ時間を割いて、様々な作品、そして作り手の皆さんの様子をじっくり拝見したいと思っています。ぜひ多くの方にも足を運んで頂きたいです。

| - | 12:02 | - | trackbacks(0) |
地域見守り協定、小田原梅チューハイ

  今週は2件の嬉しい締結・報告がありました。

 

  ひとつは、「株式会社しまむら」と小田原市の間での、地域見守り活動に関する協定の締結。「株式会社しまむら」は平塚を中心に神奈川県の西部で食品スーパー11店を経営しており、小田原市の橘地区にも店舗を構えておられます。近年の取り組みとして、各店舗を拠点に高齢者など地域で買い物に行けない世帯を軽トラックで巡回する移動スーパー事業を開始されており、小田原においても店舗周辺の橘・国府津地区などで100世帯ほどを対象に取り組みが始まっています。今回は同社からご提案を頂き、移動スーパーで地域を巡回する際に、対象世帯の異状を感じたときに、市に連絡をすることができる旨のご提案を頂き、協定の締結に至ったものです。

 

  協定の事項としては、仝瀕死・孤独死、虐待、徘徊等のおそれがある者もしくはその世帯についての通報、徘徊のおそれがある高齢者に対する声掛け、もしくは市への通報。市はそれを受け、直ちに安否確認等の必要措置を講じることとしています。

 

 12日の協定式には同社の島村会長、島村社長、秋山取締役が同席され、事業の経緯などを訊かせて頂きました。高齢化の進む地域の支え合い態勢の強化に向けた、新たな取り組みのお申し出は、とても心強く、有難いことです。

 

  もうひとつは、小田原梅を使用したチューハイの発売開始。既に片浦レモンを素材に「小田原レモンチューハイ」を商品化頂いている、宝酒造株式会社と株式会社小田原柑橘倶楽部の皆さんが、今度は小田原を代表する伝統的農産物である「梅」を素材に、クラフトチューハイを商品化していただきました。

 

  13日、宝酒造蠕彰愿貉拏劼良支社長である柴田さんと開発や広報に携わった社員の皆さん、蠑田原柑橘倶楽部の石井久喜さんと鈴木伸幸さん、そして原材料である梅の生産者である小田原市梅研究会から会長の星野和夫さん、副会長の関野和子さん、そして集荷した梅を宝酒造に卸しているJAかながわ西湘の営農部長・鈴木一正さんらが来室。商品名「寶CRAFT小田原うめ」をご紹介いただき、商品化に至る経緯や、開発にまつわるエピソードなどをお話しいただきました。

 

 実は、この日の面談に際し感想を伝えるべく、前日夜に試飲をさせて頂いたのですが、いわゆる梅酒とも、また既存の梅チューハイとも異なり、甘さを抑え、酸味もほど良く、そしてレモンチューハイのように、梅の果肉をふんだんに使用しているため香りが素晴らしく、かつてない美味しい飲料に仕上がっていました。開発に当たっては、食事をとりながら飲むことができるよう、200を超える試作を繰り返し、味を見極めてきたそうです。自ら野菜を作り飲食店を営む石井さんも「最高です」と太鼓判。

 

  13日から、コンビニや酒販店などで販売が始まっています。小田原を代表する飲料のひとつとして、広がることが期待されます。ぜひ、多くの皆さんに味わい、飲んで頂きたいです。

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酒匂川フォトコンテスト、防災シンポジウムほか

  好天に恵まれた10日・11日の週末、市内各所での様々な催しに伺いました。

 

  10日は、まず、市民文化祭に参加している諸団体の催事会場を幾つかお訪ねしました。郷土文化館では、小田原盆栽愛好会の皆さんによる盆栽展。丹精された盆栽作品はそれぞれに趣があり、苦労話なども訊かせて頂きました。市民会館大ホールでは、第12回日本舞踊公演が行われており、艶やかな踊りの雰囲気をしばし堪能。小ホールで開かれていた第69回「いけばな諸流展(後期)」では、今年も実に多彩な作品がずらり。それぞれの作者の皆さんから直接お話を伺いながら、いけばなの奥行の深さを味わいました。

 

  また、小田原城本丸広場では、今年で68回目を迎えた小田原城菊花展も見学。今年の夏は暑さでたいへんだったようですが、花はとても見事に咲き誇っていました。担い手の高齢化と減少が大きな課題のようです。松永記念館では、江戸期の禅僧・風外慧薫展が開催中で、今回新たに存在が確認された禅画2点も含め、見事な筆跡の書なども多数展示されており、なかなか見応えのある特別展となっていました。この秋から公開され始めた、山縣有朋の晩年の別邸である皆春荘も訪問。色づき始めた楓や、手入れの行き届いた苔など、有朋作といわれる庭が残る貴重な邸園です。

 

  ダイナシティでは、第23回「母なる川酒匂川フォトコンテスト」の表彰式が行われ、酒匂川水系保全協議会会長として受賞者の皆さんに賞状と記念品を授与させて頂きました。水源から河口まで、流域の中に実に様々な情景を持っている酒匂川をテーマとするこの写真展は、毎年楽しみにしています。今年も176点の出品があり、どれも力作ぞろい、また技術も年々向上されているように思えます。小田原での展示後は、利水域である横浜や川崎でも展示が行われる予定です。

 

  11日は、桜井地区の健民祭である「桜井地区スポーツフェスティバル」の会場をお訪ねし、様々なスポーツや運動の体験ブースを廻って、皆さんに声を掛けさせてもらいました。プログラムに沿って地域対抗で競う運動会形式ではなく、各種スポーツの体験コーナーが複数設定されている桜井の方式は、年齢に関係なく誰もが気軽に参加し楽しめる、新しい健民祭の形として注目されています。

 

  午後は、「富士山と酒匂川流域噴火と減災を考える会」主催の防災シンポジウムに、パネリストとして参加しました。国土交通省OBで「砂防・地すべり技術センター」の南理事長による基調講演、国土交通省河川管理課長の廣瀬氏、県西土木事務所の横溝所長、小田原市自治会総連合の木村会長、そして小田原市長の4名によるパネルディスカッションを通じ、この地域が抱えている富士山噴火と酒匂川氾濫のリスクにどう備えていくか、ハード・ソフトの両面からの取り組み強化の必要性や、それぞれのセクターの役割などが述べられました。会場に関係者が一堂に会し、広域での防災体制強化に向け地域や諸団体が結束・連携して取り組むべき時期にあることを改めて確認できた、貴重な場となりました。

| - | 12:06 | - | trackbacks(0) |
予算・税制要望、道づくり全国大会

  雨模様の中、朝一番で東京へ直行。

 

  まずは、自由民主党組織運動本部の法務・自治関係団体委員会で行われた、「予算・税制等に関する政策懇談会」に出席。この懇談会は、来年度の予算や税制に対する、地方自治関係諸団体からの各種要望等のヒアリングで、毎年この時期に行われているようです。参加するのは、全国知事会など地方 6 団体と言われる諸団体で、私は全国市長会の財政委員会副委員長を仰せつかっているため、全国市長会の代表の立場で参加。一般財源の総額確保、車体課税の現状維持、保育・幼児教育無償化の制度設計具体化など、全国市長会としての要望を伝えました。ちょうどこの日が何かの重要な日程と重なっていたらしく、自民党の議員諸氏の出席が少なかったのが残念ですが、神奈川県選出の赤間二郎衆議院議員らにしっかりと各団体からの要望を受け止めて頂きました。

 

  午後からは、道路関係 4 団体の主催による「安全・安心の道づくりを求める全国大会」に参加。今年は、 1800 近い市町村の 3 割ほどに当たる、 500 を超える市町村の首長が参加していたようで、砂防会館別館は例年以上の混雑でした。今や全国市長会の会長となった相馬市長の立谷さんが今年も進行を務め、道路整備に向けた決議を採択。その後、首長らが役割分担し、首相官邸や国土交通省、議員事務所などへ要望活動を行いました。

 

  神奈川県内から要望活動に参加したのは、横須賀、三浦、小田原、南足柄、秦野、山北の6首長。神奈川県の県土整備部の職員の皆さんと共に、県内選出の衆議院議員である牧島かれん氏と小泉進次郎氏の事務所を訪問。両議員とも在室されており、それぞれに全国大会での決議文をお渡しし、要望と懇談をさせて頂きました。 牧島議員には日頃からお世話になっており地域課題も十分に承知されているので、改めての要望活動となりましたが、小泉議員に直接お会いするのは初めてでした。小泉議員が二宮尊徳先生に強い関心を持っておられることをかねてより知っていましたので、道路整備の一通りの要望を終えた後、映画「二宮金次郎」が完成しているのでぜひご覧いただきたい旨お伝えしました。すると、小泉議員から二宮先生の事績とその意義について詳しい言及があり、今こそ学ぶべき人であるといった趣旨で熱く語って下さったのです。いささか驚くとともに、たいへん嬉しく感じました。地元選出の牧島議員は国会議員で構成される報徳議員連盟の事務局を担われるなど、もとより深いご理解がありますが、小泉議員も二宮先生に熱い想いを持っておられることを心強く感じた、印象深い要望活動となりました。

| - | 12:58 | - | trackbacks(0) |
三重へ森づくり視察

  小田原で今後本格的に進めていくことになる「森づくり」への学びの一助とするため、7日、三重県紀北町と松阪市を訪ねました。元々、小田原市域にある各地域財産区の所有山林を管理する「小田原市外二ヶ市町組合」の隔年実施の視察先として、松阪市にある松阪飯南森林組合を訪問する予定となっており、同組合長として参加することにしていましたが、せっかく三重まで足を延ばすので、組合の皆さんよりも先乗りし、国内の民間林業者の草分けである「速水林業」も視察をさせてもらったものです。

 

  6日、湯河原で開催されていた「西湘地域まちづくり懇談会」を中座、そこから一気に三重へ。深夜に松阪に到着、翌朝7時過ぎに出発して9時前には紀北町にある速水林業へ到着しました。小田原市の「森林・林業・木材産業再生基本計画」の策定や、「いこいの森」での地場産材利用のバンガロー建設など、本市の取り組みにおいて何度もお世話になってきた、速水林業代表の速水亨さんに、午前中みっちりと林内をご案内頂きました。

 

  江戸時代に創業、経営面積は約1070haと広大な山林を経営される速水林業の最大の特徴は、自然との共生・地域との共生を理念に、環境的に豊かで美しい森林を育ててきたことです。山林の8割近くが人工林、それ以外が広葉樹林と生態保護林となっています。人工林というと、スギやヒノキが密植され、林内は暗く、下草が生えないので土壌が流出しやすい森、というイメージがありますが、速水さんの森は全く異なりました。早期に枝打ちを済ませた木々は真っすぐに育ち、林内の地面まで光が入るように間伐されており、林床には在来の広葉樹やシダなどが萌芽し緑に覆われ、腐植土が堆積するため土壌の保水力はたいへん高く、多様な生き物の住処となっています。とにかく、明るい。歩いていて、気持ちが良い。健やかな環境で、十分な光を浴びて伸び伸びと育った木々は、切断面を見れば年輪の偏りがほとんどなく、見事な同心円となっており、材としての価値も高く、市場では高値で取引されています。

 

  こうした森づくりを、きちんとした管理指針の下に継続し、環境的価値を持続的に確保していくことにも繋がっているのが、国際的な森林認証制度であるFSC認証。我が国の森林では第1号の認定を取得され、国内の山林経営の模範となっており、速水さんご自身も日本林業経営者協会の会長などを歴任されてきました。約3時間、林内をご案内いただきながら、大所高所からの環境共生型森づくりへの理論的なお考えや林業経営のスケールだけでなく、一本一本の木、小さな生き物、芽を吹いた植物など、森の中のあらゆるいのちへの細やかな視線や気遣い、さらにこの森を共に育て管理しているスタッフの育成や働き方、さらには同業他社の若手世代への育成に至るまで、考え抜かれた上の実践の徹底ぶりに、感銘を覚えました。学ぶところ、そして今後の小田原への取り組みについても、たくさんの示唆を頂きました。

 

  午後、松阪へ。この日の朝小田原を出発し現地入りしていた組合の皆さんと合流、松阪飯南森林組合の事務所および作業ヤード(土場)を訪問。2時間にわたり、多岐にわたる組合活動の全容についてのレクチャーを受けた後、土場を視察。広大なヤードには様々な口径の材が所狭しと並べられ、巨大な選別機の稼働状況や、乾燥施設などを拝見。一方で、林業経営者の減少や担い手の高齢化、組合職員確保のご苦労など、様々な課題も伺いました。三重県最大の森林組合であり、小田原は規模などから比べるべくもありませんが、今後の組合運営や林業経営全般に渡り、ご指導いただきたいとお願いしました。

| - | 17:17 | - | trackbacks(0) |
道路整備の要望など

  小田原の森づくりの本格化に向けた視察で、一昨日から三重に来ています。昨日は終日、尾鷲と松阪を視察、昨夜は小田原市外二ヶ市町組合の皆さんと共に鳥羽に投宿。夜明けの鳥羽湾、穏やかな眺めです。

 

  今週は、道路整備などの要望活動が複数行われました。

 

  5日は、「道路整備の促進を求める神奈川県大会」に、神奈川県都市計画街路事業促進協議会会長として参加。国土交通省の道路整備部局、NEXCO中日本などの高速道路運営事業者などが参加する中、県内の道路整備にまつわる課題を共有すると共に、大会決議を取りまとめ、それら課題の解決に向けそれぞれが行動していくことを確認しました。

 

  6日は、西湘地域まちづくり懇談会に参加。小田原市・箱根町・真鶴町・湯河原町の各首町と、横浜国道事務所・神奈川県の県西地域県政総合センター及び小田原土木センター・NEXCO中日本の各所長が一堂に会し、懸案となっている各種道路整備の進捗状況や今後の見通しなどについて、情報共有すると共に意見交換を行いました。懇談会に先立って、湯河原町と真鶴町から構成される衛生組合が建設中の、新たな最終処分場を視察。両町から出る一般廃棄物の焼却灰を、セメントで固化した形で受け入れていく施設で、屋根もあるため汚水などの問題が発生しない構造となっています。40年分の受け入れを想定している施設は広大で、サッカー場がスッポリ収まるくらいの空間がありました。

 

  9日には、全国から道路整備関係者が集う大規模な集会・要望活動も予定されており、小田原市長として参加の予定です。

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職員運動会

 3日、小田原市職員互助会主催のスポーツフェスティバルが開催されました。いわば「職員運動会」です。かなり以前には2年に1回行われていたようですが、私が就任した時にはソフトボールやバドミントンなどの球技大会のみの開催となっていました。行財政改革を目指しての職員数削減、一方で地方自治体が取り組むべき課題の質的量的増加の狭間で、職員間のコミュニケーションがおろそかになりつつある事を感じたため、いわゆる運動会のようなものを復活させてはどうかと、私から職員に提案。職員互助会の主催という形で4年前に復活。それでも毎年の開催は大変なので、オリンピックのように4年に一度の開催となり、今年久しぶりの実施となったものです。

 

 運動会の準備が市職員としての仕事に影響を及ぼさぬよう、社員運動会の企画や実施を専門とする事業者に互助会が委託、会場は関東学院大学のグラウンドをお借りしての開催。プログラムは、玉入れ、借り物競走、大縄跳び、綱引き、リレーなど、オーソドックスなものばかりですが、職員のコミュニケーションにつながることを意識し、単純ながらも工夫されたものとなっていました。

 

 市役所内の部局を単位として、12のチームに分かれ、得点を競いつつも、全体としては和気藹々とプログラムが進行。日頃の仕事の中では見えにくい、各職員が躍動する姿、文字通り力を合わせて競技に熱中する様子などを、とても嬉しく、また力強く感じました。私自身も、全力疾走を伴うリレー以外には出来るだけ参加し、大いに楽しませてもらいました。特に綱引きでは、全チームの中で優勝を勝ち取り、若手職員らと歓喜に浸りました。

 

 地域の課題が難しさを増す中、いずれの部署も限られた人員で職務に当たっています。また、ICTの発達でコミュニケーションの手段がパソコンやスマホなどに依存しがちとなり、人と人が向き合う機会も、体を動かす機会も、ともすれば減りがちな毎日。思い切り体を動かし、生身と生身でぶつかり合い、大いに笑い、大いに声を掛け合う、運動会のようなシンプルなコミュニケーションの場は、やはりとても大切であると、改めて感じた1日となりました。

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