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清閑亭
旧城内高校の南側に、清閑亭という建物があります。明治時代の政治家・黒田長成が別荘として明治末期頃に建築したものを、第一生命が大井本社の迎賓館用として取得した、数奇屋風書院造りの純日本風木造建築です。平成17年に国の登録有形文化財に登録されています。この建物の立つ場所が、小峯お鐘ノ台大堀切や三の丸新堀(旧アジアセンター付近)から続く国指定史跡の三の丸外郭清閑亭土塁であり、その史跡整備のために平成20年に小田原市が用地取得した際に、既に使っていなかった清閑亭建物の寄付を受けたものです。

 この間、この建物は特に使われることも無かったのですが、使わなければ当然建物は傷んでくるため、最低限の管理保全を行い、一時期は雨漏りなどもひどかった部分がありましたが軽微な補修を重ねると共に、周辺の庭の手入れなども行ってきたところ、全体としては良好な状態に維持管理が行われています。

 二宮神社から旧城内高校正門を経て天神さんに至る坂道の途中の高台に位置し、日当たりの良い縁側からは南町海岸近くの樹林帯の向こうに相模湾が望める好立地であります。また、お城はもちろん、本町、南町、板橋方面に足を伸ばすにも絶好のポジションであり、史跡回遊のルート上にも位置。建物の風情の素晴らしさも含め、この場所を何らかの用途で活用しない手はないと、この利活用方法について検討するよう、年明けに指示を出したところです。

 5日金曜日、朝からこの清閑亭を改めてじっくりと視察しました。丁度冬晴れの抜けるような晴天のもと、管理スタッフによってきれいに手入れがされた庭の清々しさを味わいながら、館内を改めてじっくりと見て回りましたが、やはり、様々な利活用の姿があれこれ浮かんできます。
 昨年から始めた無尽蔵プロジェクトのテーマの中に、「ウォーキングタウン小田原」があります。豊富な地域資源を持っている小田原のまちを、できるだけ多くの皆さんに歩いてもらい、愛してもらいたい。そのエリアとして筆頭に挙げるべきなのが、小田原城跡から海岸までの間の一体です。そこを歩いて頂く上で、この清閑亭の立地は絶好の場所。しかも、街なかには歩く人たちがゆっくり休める場所が必要。そういった視点などから、この建物を最大限活かしてゆければと、検討を進める予定です。
| - | 18:30 | - | trackbacks(0) |
永年勤続表彰
 昨日の午前中、生涯学習センターけやきにおいて、市役所職員に対する永年勤続表彰の授与式が行われました。勤続30年・20年の職員一人ひとりに対し、私から表彰状を手渡す式です。30年というと、いわゆる課長クラス。20年というと、世の中で言う係長クラス。いずれも、市の職員の中核をなす幹部職員ばかり、総勢で100名ほどでした。
 30年の職員には「長年ご苦労様です」、20年の職員には「これからも宜しく頼みます」と声をかけさせてもらいました。このお一人お一人が、それぞれの持ち場でしっかり仕事をしてくれてこそ、小田原市全体のパフォーマンスが最大化するのです。その様子をイメージしながら、表彰状を手渡していきました。

 夕方、「中心市街地活性化フォーラム」が、小田原箱根商工会議所で開催され、私も冒頭から参加しました。これは、商工会議所や民間事業者、そして小田原市などで構成される「中心市街地活性化協議会」が主催で、これから取り組まれる「まちづくり会社」のあり方についての講演会と、昨年から取り組まれてきたワーキングチームからの報告会を兼ねていました。

 まちづくり会社の先進事例として、金沢市のまちづくり会社から代表の加納さんという方が来られ、金沢での取り組みをつぶさにお話頂きました。歴史と文化の蓄積、もの作りの伝統、北陸を代表する商都ということで、小田原をはるかにしのぐスケールと内容をもつ金沢の町。その中で、伝統と創造を絶妙に両立させながらのまちづくり、参考になりました。

 その後に、二つのワーキングチームからの報告。いずれも、民間の皆さんが時間をやりくりし、熱心に中心市街地のあり方について議論を積み重ねてくれた成果です。ひとつは、まちのグランドデザイン。もうひとつは、地下街と駅周辺の活性化。それぞれ、チームリーダーである市民の方からの報告は、いずれも熱の入ったものでした。中心市街地という小田原の重要な課題領域について、市民の皆さん自身が情熱を傾けて考え、議論を尽くし、まとめ、そしてそれをプレゼンする。それを、たくさんの、やはり市民や事業者が熱心に耳を傾ける。このような光景が現出していること自体が、小田原の進化をまざまざと具現していると、感動しながら聴いていました。

 まちづくり会社の立ち上げで全てが解決するわけでは勿論無く、それを支え、また共に活動する広範な市民や事業者の存在があってこそ、中心市街地は新たな活力と魅力を備えて行くことができます。これからも、このような民間の皆さんのエネルギーと創意工夫がどんどん生まれ出るよう、行政としてできることは何か、しっかり取り組まねばなりません。
| - | 17:18 | - | trackbacks(0) |
節分
 昨日は節分ということで、松原神社と大稲荷神社の節分追難祭に参加し、近隣住民の皆さん方が待ちかねる中で、豆撒き。手持ちの升に入れられた豆はあっという間になくなってしまいましたが、市民の皆さんに少しでも福が訪れるようにとの思いで撒かせていただきました。

 自分の心が比較的安定しているからなのか、今年はきっとたくさんの福が小田原に訪れる、そんな気持ちを自然と抱きました。そういう心持になれるのは、様々なところで仕込んできた取り組みが、徐々にではありますがカタチを結びつつあり、また何よりも、様々な分野や現場で市民の皆さんが本当にがんばってくれている様子が、私の許に伝わってきているからだと思います。総合計画、地域別計画、自治基本条例、無尽蔵プロジェクトの様々な立ち上げ・・・。一つひとつ、しっかりと取り組んで行くことです。

 また昨日は、昨年来時間を作ってはお訪ねしている、ものづくりの担い手の皆さんへの訪問。木工系の工房3箇所に伺いました。
 まず、東町の「すぎ」さん。先代が手がけられてきた「こけし」製作の技術をベースに、ギフトや生活周りの小物など、実に多彩な、そしてセンス溢れる木製品を製造されています。私たちに身近なところでは、干支の「起き上がりこぼし」。毎年、一対の丸々した干支人形を作られ、これは根強い人気があります。新しい商品企画づくりと、それを担う後継者の育成に熱心に取り組んでおられます。

 次は、箱根物産連合会の会長でもある、山本組雄さんの工房。社屋の外には、作品作りに用いる製材済みの木片が井桁に積み重ねられています。工房の中は年季の入った多種多様な機械が、今も現役で稼動。この日は、浅草などの観光地に出品する舞妓風の人形のパーツを製作されていました。機械の組み合わせや調整によって、あらゆる木工加工ができるようになっています。

 最後に、市役所からもごく近い、山中さんの工房。4代目である山中さんと、5代目となる息子さんのお二人で、注文に追われながら製作されておられました。寄木とはまた違う、独特の技術を必要とする「組木」。山中さんのアトリエには、一体どのように組んであるのか想像もつかないような、複雑な、しかし幾何学的に見事な意匠に組み上げられた組木が多数展示されています。今も、全国各地のデパートなどで実演販売をされると、たいへん好評のようで、山中さんは元気に飛び回られているとのことでした。

 伺うたびに、それぞれの工房の、そしてそれぞれの匠の皆さんの個性と技に出会うことができます。残念ながら、この方々の作品に直接市民が接する機会は、決して多くありません。今年は、そのような場を設けるべく、知恵を絞りたいと思っています。
| - | 17:16 | - | trackbacks(0) |
いろはの会
 昨日は、第6回目となる「市長の現場訪問」で、小田原在住の外国人の皆さんに日本語を教えるボランティア活動に取り組んでいる「いろはの会」をお訪ねしました。

 現在、小田原市には約1,900人の外国籍の方が在住しておられますが、この中には、生活上日本語でのコミュニケーションが必要でありながら、遠方の日本語学校に通うこともできず(日本語学校は学費もかかる)、苦労をされている人たちがたくさんいます。いろはの会では、週に3回、1回当たり90分間、ほぼマンツーマンでボランティアの方が日本語を教えています。受講料は、1回当たり100円だけ。講師・会員として活動されているのが現在20名ほど、生徒として受講されている方は約60名ほどだそうです。

 昨日は、栄町にある国際交流ラウンジでのレッスン風景を拝見すると共に、終了後にサンドイッチを食べながら講師の皆さん方と意見交換をさせて頂きました。生徒さんは8名、それぞれに講師がピッタリとつき、懇切丁寧に日本語を教えておられました。生徒は、ブラジル、中国、韓国、ルーマニア、イギリスなど、多彩な国籍。属性も、3人のお子さんを持つお母さんから、英会話教室の講師まで、様々のようでした。それぞれの生徒さんに話しかけさせてもらいましたが、皆さん既に一通りの自己紹介は出来るレベルになっておられました。

 日本人のご主人と結婚され、お子さんも学校に通うようになったが、学校での宿題について聞かれたときに、読み書きが出来ないと応えられない。だから、ここでは読み書きを教えてもらっている、そんなことを話してくれた生徒さんもいました。また、新聞折込のチラシを教材としながら、生活の中で必要な買い物の仕方なども含めて教わっている生徒さんも。日本語に関する具体的なニーズのあり方は様々ですが、時には生活上の相談などにもアドバイスをされている講師の皆さんは、本当に丁寧に、教材などを工夫されながら指導されており、頭の下がる思いでした。
 
 レッスン終了後の意見交換会では、10名の講師さんたちそれぞれから、どのような経緯でこの活動に関わるようになったのか、伺ってみました。ご主人の仕事の関係で数年間海外滞在したときに、現地の方にとてもお世話になった、今度は自分が何か役に立ちたい。子育ても一段落したので、かつて学んだ日本語教育の知識や経験を活かし、何かお手伝いがしたい。アメリカではボランティアと言うものが至極当たり前にあって、市民と行政の関係もとてもスムース、市民の力がまちづくりに活かされている、自分も日本でそのような活動ができないかと思った。など、経緯は様々ですが、皆さんたいへんしっかりした考えを持ち、そしてこの「仕事」をするために自ら研修を受けたり教材の工夫をされたりしながら、取り組んでおられます。日本人である私たちにはなかなか触れる機会がありませんが、在住外国人の方々にとっては、実に心強い存在であることは間違いありません。
 
 講師の皆さんが「これができたら」と考えていることは、在住外国人の子どもたちで、日本語がままならない状態の子達に、土曜学級のような形でのサポートができないか、ということ。そのためには、もっと「講師」役をやってくれる会員が必要だそうです。行政としても、何かの応援が出来ないか、リサーチしなくてはと感じます。
| - | 17:22 | - | trackbacks(0) |
小田原の市民活動
 今日から2月。週末の土曜日、梅まつりの開園式が下曽我であり、会場への道中、梅林では既にだいぶ花がほころんでおり、冬晴れの青空と白い富士を背景に、小田原の早春を代表する風景がそこにありました。梅は例年より1週間ほど開花が早いようで、11日の流鏑馬のころがピークとも言われています。明日以降また冷えてくるようですが、1ヶ月、天候に恵まれて、たくさんの方に観梅を楽しんで頂きたいと思います。

 先週29日は、市民活動に関する市民の皆さんとの交流の場があり、コミュニケーションを深めることが出来ました。
 ひとつは、「市長と地域文化を語る会」と銘打っての、小田原市文化連盟(市文連)の皆さんとの意見交換会。小田原には、舞台・音楽・展示の各部門で、それぞれにたいへん長い歴史と充実した活動内容を誇る団体が、実にたくさん存在しています。それらの連携組織である市文連の存在は、小田原市民文化祭の企画運営にも大きく関わるなど、まさにこれまでの小田原の芸術文化活動を支えてきてくれました。新しい市民ホールを創り、そこを拠点として小田原市の芸術文化を市民主体で創造していこうという議論を興している中で、市民の芸術文化活動を如何に育ててゆくか、自前のソフトで市民ホールのコンテンツを埋める企画力をどう培うか、さらには芸術文化の担い手の裾野をどう拡げて行けるか、そのために、これまでの活動のあり方をいかに進化させてゆけるか、文化祭のあり方など工夫の余地はないか等、様々な意見交換が出来ました。
 無尽蔵プロジェクトの「芸術文化の創造」のコーディネーターを市文連にお願いしていることもあり、22年度の取り組みの中で、そのような議論を踏まえた何らかの事業が行われることになるでしょう。

 もうひとつは、「市民活動交流会」。その名称の通りで、市民活動サポートセンターに登録をしている市民活動団体の皆さんが一堂に会し、新年会を兼ねてコミュニケーションを図ろうという企画で、「市民活動を支える会」の皆さんが中心になって企画をしてくださり、100名近くの方が集まっての和やかな新年会となりました。小田原の市民活動は、その数が多いだけでなく、活動の質もたいへん高く、小田原が大いに誇るべきものなのですが、こうして一堂に会する機会は、意外なことにこれまで決して多くはありませんでした。今回は初めての試みで、ある意味、歴史的な一歩を刻んだことになります。私も、参加した全ての皆さんと言葉を交わし、今後の更なるご活躍をお願いしました。持続可能な市民自治のまちをつくるには、各分野に隈なく存在する市民活動の活発な動きが不可欠です。このような場の設営を通じ、十分な情報共有のもとにそれぞれの個性が発揮され、更には相互に刺激しあったり連携を深めることで、全体の活性化が更に進むことでしょう。
| - | 17:24 | - | trackbacks(0) |
地域での実証へ
 昨日の午後、鴨宮中学校の生徒会の皆さんが、ハイチ大地震への救援募金を届けに来てくれました。朝の時間を使って2日間募金活動を行ってくれたのです。生徒会の会長から書記までの7人の皆さんは、目をキラキラさせながら、その思いを語ってくれ、その清新なエネルギーに、市職員側も元気をもらいました。私から、感謝の言葉と共に、「いざ小田原で何か起きたときに、中学生の皆さんも地域で助け合いを担う貴重な人材。これからも地域の活動などに積極的に参加してください」などと、激励をさせて頂きました。

 さて、就任以来進めてきた「新しい小田原」への土台作りの作業の骨格をなす、様々な分野における市民自治や協働のあり方の検討の多くが、今年度末をもって一定の提言にまとめられる予定です。その提言を踏まえ、4月以降はそのモデル的な、あるいは実証的な取り組みを、いよいよ地域の現場で進めてゆくことになります。「共に考える」プロセスから、「現場で共に動く」ステージへの進化です。

 今のところ、総合計画の2本柱のひとつである「地域別計画」づくり作業の延長線上に見えてくる「地域運営協議会」立ち上げに向け、複数の地域で取り組んで頂くほか、ケアタウン、スクールコミュニティ、環境再生プロジェクトなどの検討委員会から、あわせて10本を超えるモデル事業が、地域での実証段階に入るだろうと見ています。

 市役所と地域との関係ですが、これまでのように担当所管、つまり福祉なら福祉健康部、人づくりなら生涯学習部、環境なら環境部などと、事業ごとに市役所側の窓口が異なっていたのでは、地域側も煩雑となり混乱に陥ります。上記のような取り組みを今後進めていく上で、市民部(地域政策課)を地域との接点として一本化し、その接点に地域担当職員を配置する、という形になっていくことでしょう。

 昨日は、極めて重要なそれらの取り組みを進めていく上での考え方の確認と、現在の作業状況、そして新年度以降の見通しについて、これまで地域別計画策定を通じて地域に深々と関わってきた企画政策課、そしてこれから地域ごとの事業推進を担う地域政策課と、擦り合わせを行いました。これまで、抽象的なイメージは持ちながらも、具体的にどのような形でどのように地域ごとの自治の形を目指してゆけるか、所管の職員たちも試行錯誤し、地域の皆さんと議論を交わしながら、まさに走りながら考えてきた訳ですが、地域別計画もここに来て続々と案がまとまり、検討委員会も次のステージに入りつつあるなど、ようやく具体的な道筋が見えてきています。検討に携わってきた多くの皆さん、そして職員たちの粘り強い努力に、ただ感謝です。
| - | 17:16 | - | trackbacks(0) |
見上げる富士より出ずる河
 今年度手がけてきた「酒匂川治水400年」関連事業のトリを飾るのが、2月27日に予定されている創作劇「見上げる富士より出ずる河」の公演です。酒匂川の治水を支えてきた先人たちの苦労や、流域で生きてきた地域住民の姿などを、オリジナルの脚本で上演するものです。全体を指導していただくのは、俳優の藤田弓子さんが主宰する劇団いず夢(いずむ)で、藤田さんご自身が演出を手がけられ、しかも自ら出演されます。シナリオは、藤田さんのご主人でもある脚本家の河野洋さん。そして出演者は、藤田さん以外はほぼ全員が、公募に応じた地元地域の住民の皆さんで、6歳から77歳までと、幅広い層から参加されています。

 昨日27日、来月の公演を1ヶ月前に控え、藤田さんと河野さんが記者発表をするべく、小田原市役所にお越しくださいました。会見に先立って、少しお話をさせて頂きましたが、TVやスクリーンで拝見するとおりの、にこやかで明るく元気な方。にわか仕立ての一座をこの方の情熱が引っ張ってくださっているのだと、強く感じました。いわく、「皆さん、すごく熱心で、しかもお芝居が上手なんです。十分、お金を頂くに値する舞台になりますよ!」と、笑顔で語ってくださいました。藤田さんご自身、この公演作りを、とても楽しんで下さっているようでした。

 シナリオについては、記者会見で断片的に紹介されましたが、400年という時空を通り一遍に舞台に仕立てても面白くないということで、現代から時空をスリップした若者たちが、それぞれの時代に入り込んで、そこで様々な人たちの生き様に出会って行く、そのことを通じて、酒匂川で生きてきた歴史や住民の思いなどをうまく伝えたい、とのことでした。シナリオを書かれた河野さんは、かつて「ゲバゲバ90分」というバラエティなども手がけ、コントなどを得意とされているようで、作品の中でもふんだんに笑いを取り入れ、その分涙の溢れる場面も用意されているようです。

 私も27日は観劇に行く予定です。ぜひ、多くの皆さんにご覧いただき、ひとつの水系を共に生きているこの地域の姿を、改めて感じてほしいと思います。
| - | 17:15 | - | trackbacks(0) |
小田原建設協議会
 26日は朝刊の折込チラシを見て、驚きました。「(仮称)ボートピア小田原の協議会員を募集」なる旨のチラシが入っており、その中に、あろうことか、「12月10日、小田原市議会で加藤市長が承認した」などと書かれていたからです。ボートピア問題については既に小田原市長として同意しない旨、前市長も明言し、当然ながら私も認めるものではありません。異議を申し立てた事業者側からの訴訟も却下となっており、既に決着のついた案件。チラシを発行した事業者に対し、厳正に対処するつもりです。

 この日は、1月に100歳を迎えられた5名の市民の皆さんにお祝いのメッセージを届けに伺いました。それぞれ、ご自宅や入所施設にてお元気に過ごされており、私が耳元で声を掛けると、皆さんそれぞれのリアクションで応じてくださいました。いつも100歳長寿のお祝いでお訪ねするたびに、100年という歳月の長さ、その間の時代の激動を思うと、この平和な昭和〜平成の45年しか生きていない私には到底想像のできないご苦労があったであろうと、皆さんのお顔を拝見しながら思わされます。ちなみに、1月末の段階で、市内の100歳以上の方は59名となります。

 昨日の賀詞交換は、小田原市橘商工会、小田原蒲鉾協同組合、小田原建設協議会と、いずれも地域の商工業や地場産業にまつわる事業者の皆さんの会で、それぞれに様々な話題に花が咲きました。無尽蔵プロジェクトの「わが町振興プロジェクト」での対象地域にもなっている橘地区は、酪農や野菜などの農業、漬物などの食品加工業、下中座などの伝統芸能など豊富な資源を持つと共に、それぞれ若手が育っている地域です。今年の様々な取り組みについて意見交換。小田原蒲鉾協同組合は、小田原の地場産業の雄である蒲鉾生産に携わる生産者や関係業者の皆さんからなり、こちらも次世代の成長が進んで、活動も活発化しているようで、心強い限りです。

 最後に参加した、小田原建設協議会。ここは、左官、とび、畳、大工、庭園、建具、屋根、板金など、家作りに必要な10の職種の匠の皆さんからなる協議会。市民の目に触れる機会としては、秋の産業まつりの時に、会場の一角でそれぞれの職種ごとにブースを設けて、左官や板金などのワークショップなどをして頂いています。改めてじっくり膝を交えたのですが、何とかこの皆さんたちの技を、後世にしっかりと受け継いでいきたい、後継者に育ってほしい、そのために何かできることがないかと、強く思いました。無尽蔵プロジェクトで「小田原らしい住まい作り」を手がけるので、その一環で何かの活動を立ち上げられないか、考えてみたいと思います。
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青少年の家
 25日は朝から、塔ノ峰にある「青少年の家」へ視察に行きました。昨年の事業仕分けで不要と判定されたものの、体験学習の重要性が叫ばれる中、その活動の場を確保する必要があるため、市としては改善の方向で検討しているこの施設のこれからを考える上で、改めて現地をつぶさに見ておくためです。私自身は、以前に一度訪れたことがありましたが、もういつのことだったか思い出せないくらい昔のことですから、実質的には初めての現地入りです。

 標高約530m、箱根外輪山の稜線直下にあり、結氷こそしてませんでしたが、園内は霜柱がビッシリ。よく晴れた青空のもと、木立はクッキリと輪郭だち、葉を落とした照葉樹の一帯は明るく、冬ならではの澄んだ雰囲気がありました。

 大小3種類のバンガローは、外壁こそ汚れが目立っていますが、内部はさほど傷んでおらず、十分に使えます。集会やゲームに使うセントラルホールはしっかりとしていますし、畳の部屋が10ほどある宿泊棟も、手入れが行き届いているので使用には全く問題はありません。東南の一角からは松林の向こうに相模湾と市街地が遠望できる、なかなかの眺望があります。周辺の山林は桧や杉の植林帯ですが、間伐や枝打ちもしっかり行われていて、荒れた感じはありません。ファイヤーサイトには、持ち込まれた間伐材や端材が、ボランティアの方たちによって薪に切り揃えられ、手作りの小屋の中にしっかり詰まれていました。自炊に対応する調理室や食堂も、冬の日差しが差し込んで、仲間たちとの団欒を楽しむにちょうど良い空間となっていました。

 全体として、時代から取り残されたような古典的な野外研修施設であり外壁などの手入れをする必要はありますが、150人ほどの宿泊を収容できる施設として、十分に使えるものでした。それも、いわゆるアウトドアブームに乗ったものや、気軽に家族で来てバーベキューやオートキャンプ、といったものではなく、自炊での生活訓練、心身の鍛錬や研修、腰を据えた野外学習や共同生活を介したコミュニケーション、さらには周辺の山林をいかした労作体験など、目的をハッキリともった青少年育成の場として向いています。人里離れた立地、やや古びているがいかにも皆が手を入れて維持管理してきた施設や園内の様子、昔ながらのバンガロー、年季の入った飯ごうや寸胴(ずんどう)鍋など、玄人好みとでも言うべき味わいがあります。

 いずれにしても、この施設と空間がもっている強みは、今後の小田原ならではの青少年育成においてしっかりと活かせるし、また活かさねばならないと感じました。今度は、私自身宿泊して実際に利用してみたいと考えています。
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酒匂川治水400年
 23日、酒匂川治水400年を記念して行われている諸行事の要とも言うべき「小田原・足柄住民の集い」が、生涯学習センターけやきで行われました。

 この集いは、小田原から山北まで、酒匂川流域にて活動を展開している各地域ごとの6つの郷土史グループが共同で開催したもので、ある意味画期的な取り組みです。館内の諸室には、それぞれのグループが準備をしてきた、流域の歴史や自然、そしてそこに繰り広げられた先人たちの苦労の歴史などの資料が、実に多様な、そして中身の濃いものとして展示されていました。酒匂川の流路を部屋一杯に展開し、その流路沿いに並べられたたくさんの写真パネル。酒匂川流域に多数存在する「水神さん」を徒歩で訪ね歩きまとめた大きなマップ。部屋に再現された、大口堤付近にあったとされる巨大な石碑。かつて酒匂川左岸の利水に大きな役割を果たした、取水口の復元模型・・・。それぞれに大変な労作を準備されたのですが、しかしその展示はこの23日の一日限り。常設とまでは行かなくとも、一定の期間公開して流域住民の皆さんに見てほしいような、素晴らしい展示でした。

 午後には、シンポジウム。松沢知事による基調講演のあと、南足柄で長らく郷土の民俗の研究をされてきた内田清さんの講演。あらためて、酒匂川という流路の確定と治水にどれだけの苦労が投入されてきたか、感慨を新たにしました。先人たちの営みに、感謝。
 その後、私も参加してのパネルディスカッション。開成の露木町長、元県土整備部長の小方(おがた)さん、各グループの会長さんらに加え、二宮尊徳先生から数えて七代目の子孫である、中桐万里子さんも参加。これからの流域の取り組みとして、これまでに流域に築かれた自然環境、歴史や文化、そして景観を守り生かして、流域全体をミュージアムとして育てていこう。更に、地域全体として「報徳の心」を踏まえた人づくりを進めていこう。そんな指針が結論付けられました。

 私も、この足柄平野が、酒匂川という水系でまとまった、ひとつの地域であることを強調。400年前に先人が果たしてくれた治水・利水事業があってこそ今の私たちの安定した暮らしがあるように、今私たちがなすべき取り組みをすることで、後世の人々がより豊かに暮らせる大地を遺してゆく。そのような取り組みをしたい。水源林の再生による水の涵養、利水が張り巡らされながら荒廃の進む農業の再生、流域の各地域に残るコミュニティの強化、田園と松並木の向こうに富士を望む雄大な景観の保全・・・。

 中桐さんは、「人と土地の絆を結び直すことが大切」と言われました。また、報徳の真髄をギブ&テイクではなくテイク&ギブだと定義されました。それは、今既に私たちは土地や周囲の人々からたくさんの豊かなものを与えられている、であれば、私たちはその恩に報いるためにも、自分たちがもっている力を差し出そうではないか、ということだと。その通りだと思います。
 次なる400年に向けて、新しい歴史を創ることです。
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