加藤けんいち日記

明日から梅まつり
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     夜、家に戻ってからニュースを観ていると、日本海側は今年も豪雪の模様。暖冬傾向と言われながら、ここ数年は積雪が多い気がします。よく映される長野県栄村の様子を見ると、私たちには想像できないような、「雪とのたたかい」ともいうべき状況。冬型の気圧配置がどんなに強まろうとも、逆に晴天に恵まれる小田原のありがたみを、つくづく思います。


     そんな小田原でも、久野や荻窪の山裾に入ると、日陰にはまだ雪が残っており、ここ数日の気温が低いことが判ります。小田原ではまだインフルエンザによる学級閉鎖の情報は入ってきていませんが、県内では横須賀などで流行り始めている模様。週間予報などによれば、まだしばらく気温の低い日が続きそうですので、体調管理も含め、十分に注意しなくてはなりません。


     新年の賀詞交歓会が立て込んで体が疲れたのか、私も今週はやや風邪気味でした。微熱、のどの痛み、鼻水と症状が移って行きましたが、今日はだいぶ改善されています。来月に入れば、今度は花粉への備えをしなくてはなりません。

     

     先週末にだいぶ雨が降ったので、梅のつぼみも膨らみを増したでしょうか。明日からは、小田原梅まつりが始まります。日本一の早咲きで有名な熱海梅園でも、例年よりだいぶ開花が遅れているようですが、小田原でも同様の傾向にあるようです。しかしその分、遅くまで梅の花が楽しめることになるでしょう。雪化粧をしっかりほどこした富士山を背景に、梅の花が咲き誇る、小田原ならではの景勝を、多くの皆さんに堪能して頂きたいと思います。

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    東京おもちゃ博物館
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       25日は、東京での公務を複数組みました。

       午前中、毎年この時期に行っている、JR東海への新幹線ひかり号増停車の要望活動。この要望活動は、県西部28町の首長および経済団体・地域団体代表らの連名によって、既に十何年前から毎年行われてきたもので、その成果として平成203月の新ダイヤでは、上下合わせて15本のひかり号が小田原駅に停車するようになっています。特に、朝一番での広島行615分発のひかりは、ビジネスでも旅行でも大変重宝されています。日中も2時間に1本のペースで停車があり、以前と比べて格段に便は良くなっています。

       
       すでに新幹線のダイヤは過密状態で、新たな運行を加えることは極めて難しく、増停車を実現しようとすれば既存のひかり号を小田原に停めるしかないようです。しかしその場合は、現在停車している駅にひかりを停めず小田原に停めることとなり、地域間の調整が発生してしまうとの事。また、
      203月にダイヤを改正後、小田原駅での新幹線乗車客数が大幅に伸びたり、あるいは乗車率が高く更なる便数が必要といった状態にはなっていないようです。したがって、現段階ではひかり号の増停車は難しいというのが、JR東海の見解でした。地域圏として、観光振興、交流人口拡大への取り組みを今後加速させますが、そのような背景の中で、今後も引き続き増停車の要望は続けていくことになります。

       

       午後、昨年末に市役所を訪問して頂いた「東京おもちゃ美術館」の多田理事長らを、同館に訪ね、また施設の見学をさせて頂きました。四谷にある、廃校となった小学校校舎を、新宿区から借りて運営されている同美術館。国内はもとより世界中から集められた木のおもちゃの展示、実際におもちゃを使って遊べるコーナー、おもちゃ作りが体験できる教室、小さなお子さん連れの親子が木に囲まれてゆったり過ごすことのできる「木育ひろば」などが、もとの教室だった空間を活用して展開されていました。館の運営は、NPO法人日本グッド・トイ委員会が担っていますが、館内にいるスタッフの多くは地元のボランティアの皆さんで、現在登録は400人を超えているそうです。
       
       また、館の開設にあたっては住民などからの出資を募っており、
      11万円以上を出資された方は「一口館長」として館の入り口にネームプレートが掲示されていました。この仕組みで6000万円以上が集められたようです。また、館内の様々な木製の造作には、全国各地の木工の産地から職人さんたちが集まり、作られたとのこと。私たちが滞在した1時間の間にも、小さなお子さん連れの来館者がひっきりなし。木に囲まれた居心地のよい空間として、すっかり定着している様子が見てとれました。

       
       昨年相談させてもらった「ウッドスタート事業」についても、改めて意見交換。木のおもちゃを小田原が手掛けることは、木に愛着を持ち、森を守る心を育むことに繋がるだけでなく、森の健全な育成に不可欠な木材産業の活性化にも繋がる事業。
      2012年から、各地で本格的に始まっていくようですので、小田原としてもその動きを注視しながら、取り組みを検討していきたいと思っています。また、このような「木のおもちゃの殿堂」のような空間が小田原にできないものか、構想してみたいと思います。

       

       この他、過日終了した「アーティストインレジデンス」にも参加していた画家の横井山泰さんの個展を訪ね、また代々木駅近くの600坪の空地を活用して新たな街を創った「代々木ビレッジ」などを視察。元気なまちづくりへの示唆を様々に得た一日となりました。

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      小田原と美術
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         22日、松永記念館にて行われている「長谷川潾二郎展」を見学に行きました。真冬の日曜の午後4時過ぎ、人影もまばらな板橋界隈ではありましたが、社寺と緑に囲まれた閑静な環境の中にある松永記念館は、静かに美術鑑賞に浸るにはこの上ない空間でした。

         
         この美術展は、長谷川潾二郎の作品を数多く所蔵されている小田原ゆかりの方のご理解のもとに、小田原の街なかに美術と触れ合う空間をもっと創って行こうとの志を持っておられる有志市民の皆さん方(「おだわらミュージアムプロジェクト」)のたいへんなご尽力で、実施の運びとなったものです。

         
         2棟に分かれている松永記念館の展示スペースを全面的に使って、潾二郎の作品が、初期から晩年まで数多く展示されており、見応えがありました。号数の大きなものはないのですが、いずれの作品も独特の静謐さを湛えています。風景画における空間の取り方、ほの暗くおぼろげな輪郭、一方で静物画に見られる配置や色彩の妙など、作品の前にじっと佇んで見入ってしまうものが多くありました。作品の展示の中に、ところどころパネル配置されている、潾二郎の言葉も、作品の背景や潾二郎の心象を垣間見るのに、とても良い構成だと感じました。

         
         展示室には、実行委員である市民の皆さんが立ち、来場者への説明やご案内など、細かな心配りが感じられ、全体としてとても気持ちよく鑑賞ができる空間が創られていました。この日は前後に公務があった中での訪問でしたので、あまりゆっくりできなかったのですが、それでも十分、美術展を楽しむことができました。

         

         小田原には、大きな美術館はありません。しかし、この松永記念館が最近様々な芸術家や収集家の皆さんのご理解とご協力のもとに、魅力あふれる美術展がたびたび開催され、小さくとも真心のこもった美術空間として位置づけられつつあります。これ以外にも、清閑亭では様々なジャンルのアートの空間として既に活用されていますし、また現在も展開されている「まちなか・ぶらりミュゼ」のように、街なかの店舗やオフィス、通りなどを、アートの空間として仕立て直していく動きも始まっています。

         
         「おだわらミュージアムプロジェクト」の皆さん、あるいはこの間精力的に動いていただいている「無尽蔵プロジェクト」の芸術文化創造チームの皆さんなどの活躍によって、小田原の街そのものの中に、美術が根付いている空間づくりが進んでいます。多くの市民が、自分たちの暮らしの空間をそのような意識で少しリメイクして頂いたり、アートを意識してもらうだけで、かなり街は変わってくることでしょう。今回の潾二郎展のように、規模は決して大きくなくとも、的を絞った、心遣いに満ちた小さな美術展が、企画・常設を問わず市内のあちこちで催されているような状態は、とても豊かなものでしょう。

         
         小田原の恵まれた環境を活かす、これらの美術関連の動きを、大切に育てていきたいものです。ちなみに、長谷川潾二郎展は、1月30日まで開かれています。ぜひ多くの皆さんが足を運んで頂きますよう。(詳しくは市HPに。)

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        相馬の窮状
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           23日、災害からの復興支援を通じて交流を育んできた相馬市の皆さんが、市役所に来訪されました。NPO法人「相馬はらがま朝市クラブ」の高橋理事長や、郷土歴史家の渡辺さんたちです。昨年5月以降に小田原市社会福祉協議会の皆さんが呼びかけて実施された相馬市へのボランティア派遣の中で、地元の元気を取り戻そうと開かれていた「相馬はらがま朝市」の支援を通じ、育まれた絆は、その後双方での交流へと発展。小田原の産業まつりなどにおける相馬からの出店、年末には「報徳の森プロジェクト」を通じての特大クリスマスツリーなどの贈呈や、4トンに及ぶ小田原産ミカンのプレゼントと続きました。

           
           昨日は、そのお礼として渡辺さんから「報徳の森プロジェクト」へ寄贈された、「報徳記」の全
          8巻を、ツリーの寄贈を担われた近藤増男さん(小田原植木)らと共に届けてくださいました。明治18年に発行された、当時の貴重な資料です。この報徳記は尊徳記念館に資料として収め、今後市民の皆さんにも手に取って観て頂ける機会を作りたいと思っています。

           

           昨日の面談の席上、今回の小田原訪問の趣旨が語られました。相馬では、瓦礫の片づけなどの復旧は進んでいるものの、地域経済の営み、特に水産関係の復興の見通しは全く立っていないこと。水産物の放射線量基準が一層厳しくなったため、当面は近海物の水揚げを商品に回すことがほぼ不可能になってしまったことなどから、原材料となる水産資源を他地域から仕入れ、それを相馬で加工し、販売していく形態を模索するしかないこと。ついては、水産資源と加工技術を持つ小田原の事業者の皆さんに可能な限り協力をしてもらえないか。以上のようなお話を伺いました。今回の訪問では、3日間ほど小田原に滞在し、漁業関係者や鮮魚流通および水産加工の各事業者らとも面談し、今後の可能性を具体的に探られる予定です。

           

           ご自身が水産関係の会社を経営しておられた、NPOの高橋理事長からは以下のようなお話がありました。「操業を再開できる船は3分の1ほどあるが、放射能の関係で難しくなってしまった。各種加工場も被災してしまい、相馬の水産加工業は全く動きが取れない。仕事がないため、水産に携わっていた仲間たちはすることがなく、希望が持てないため、仲間たちや夫婦の間でもギクシャクした状況が増え始めている。地域の経済を何とか再生しなくてはならない。

           
           やはり相馬への支援をして頂いている北海道松前町の皆さんと、水産加工品分野での協力の可能性を探っている。松前漬に、小田原から頂いたつぶれ梅や柚子を混ぜてみたところ、現地の方も「これは美味い!」ということだった。ぜひ、小田原からも支援を頂き、この震災があったからこそ生まれた商品を作り、名物にして、後世に遺せないかと思っている。」

           

           報徳のご縁で繋がっている相馬が、地域の存亡にかかわる状況にある中、私たち小田原市民は、かつての農村復興とは違う切り口で、地域経済の再生に向けた支援を行っていくべき局面にあります。「報徳記」の初版本と共にもたらされた、支援と共生への問題提起を、しっかりと受け止め、知恵を絞って、具体的な行動に繋げていかねばなりません。

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          地域の素材を生かしたまちづくり
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             20日に最大で40cmほども降った箱根の雪は、21日終日降り続いた大雨で、かなり融けたようです。それでも、雨の上がった22日に遠望した丹沢山塊は、ようやく冬らしい表情を見せていました。

             
             21日午前中、第2回目となる「おだわら地域力市民力表彰」の授与式が、生涯学習センターけやきにて行われました。今年は、市内各連合自治会エリアから、5人と15団体の皆さんが推挙され、表彰を受けられました。それぞれ、地道な活動に熱心に取り組んでこられた方々ばかり。一枚ずつ表彰状を渡しながら、感謝とねぎらいの言葉をかけさせていただきました。


             引き続いて行われた地域活動推進協議会の講演会では、神奈川県温泉地学研究所研究員による地震についての発表と、相馬市でのボランティア活動に参加された高須さんから、被災地での活動の様子と、小田原での今後の備えへの示唆について、詳しい報告がありました。高須さんは、もともと小田原市外の方でしたが、今回のボランティア活動に、都合
            3回も参加された経験を経て、小田原に転入され、福祉の仕事をされながら継続的に被災地への支援活動も積極的に取り組んでおられます。ボランティアに参加して得たものはとても大きかったとのお話は、この日参加されていた多くの自治会長さんたちにも響いたのではないかと思います。

             

             22日午後、今年3回目となる、行政戦略アドバイザーとの公開アドバイザリーを、ダイナシティのキャニオンステージで行いました。アドバイザーは、食材を生かした地域おこしで豊富な実績を持っておられる金丸弘美先生。アドバイザリーの内容は、小田原がもつ豊かな地域資源を、これまでの発想や手法を越えて活かし、小田原のブランド向上と地域経済の活性化、更にはコミュニティの活性化を目指すうえで、今後どのような取り組みを進めたらよいか、について。


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            次産業・2次産業・3次産業をかけあわせた「6次産業」という言葉は、重要な地域づくり手法として認知されてきており、全国各地には様々な成功事例が生まれてきています。小田原には、新鮮な水産資源、柑橘や梅などの果実類、玉ねぎやナスなどの野菜、下中の酪農など、各分野の素材に恵まれていると同時に、それらを加工する様々な産業も根付いています。しかし、蒲鉾や干物・塩辛、梅干や梅酒など、小田原の定番ともいえる商品としては存在感があるものの、更に幅広い商品開発や料理レシピの開発、環境調和型のライフスタイルにマッチした付加価値化などへの取り組みは、まだまだその取り組み余地が大きいと感じています。


             素材の特性や持ち味、他産地との比較優位性をデータで確認する。ひとつの食材を様々な形で料理し、レシピのバリエーションを増やす。その中で評判の良いものを中心に、惣菜を作り、あるいは農家レストランを開く。商品の販売スタイルや拠点のあり方を工夫する。女性や高齢者の力を生かす。健康への効果や、地域環境の改善に資するような取り組みにする。単なる農業体験から、市民農園で栽培すべき農作物の指導をする「教える農業」という新しい切り口による農業の多角化や裾野の拡大など・・・。各地の豊富な事例をもとに、金丸先生はいろいろなヒントを出してくれました。


             会場には、市内各地からの生産者の皆さんや、食生活改善団体の皆さん、漁業関係者、食品加工業者など、様々な方が傍聴に。この公開アドバイザリーを踏まえ、次は「小田原まちづくり学校」を今年度中に開校した上で、次の具体的な
            6次産業化を目指していくことになります。

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            揮毫
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               昨夜から、久しぶりの雨。積雪の予報も出ていましたが、昨日の夕方、退庁するときに思ったほど冷え込んでいなかったので、小田原は雨だなと感じました。今朝がたも結構降っていて、乾ききった畑にはまさに恵みの雨。蕾が固く開花が遅いと生産者の皆さんが心配していた梅も、これで蕾が一気に膨らむことが期待されます。

               
               2階の窓から望む箱根丹沢方面は、稜線部はまだ雲の中で見えませんが、久野の山から上はビッシリ雪景色になっています。箱根はだいぶ降ったことでしょう。それにしても、この小田原は積雪とは縁遠く、やはり温暖な地帯なのだなと、改めて感じます。

               

               仕事柄、時折揮毫を依頼されます。これまでも、小田原大橋の西詰に設置された「酒匂川防災ステーション」、菊川に新たに架橋された上府中地区の「千代境橋」、環境再生プロジェクトの一環で和留沢の耕作放棄地に開設された「わくワークらんど」、先日「報徳の森プロジェクト」から相馬市に贈られた特大ツリーの銘鈑に立谷市長と分担して揮毫した「つながれ日本!報徳の樹」など。

               
               昨日は、この度土木遺産に認定された荻窪用水の際に設置する石碑に刻むものとして、「土木学会選奨土木遺産 荻窪用水」の文字を書きました。書道を習ったことはありませんので、恥ずかしい限りですが、できるだけ丁寧に書かせて頂きました。この碑は、小田原厚木道路荻窪インターから、水之尾地区を経て大窪方面に向かう急坂のふもと、荻窪用水と交錯するところに設置が予定されています。石碑にどのように文字が刻まれるのか、楽しみです。

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              早川小学校のツリーデッキ
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                 18日、早川小学校にて、「ツリーデッキ」のオープニングがありました。小学校の校庭にある大きな木の幹を抱くような形で組み立てられた、児童たちの新しい遊び場です。木製の遊具としては、おそらく市内小学校でも最大のものだと思いますが、このデッキは、以下のような理由で特別なものです。

                 
                ひとつは、使われた木材が、早川小学校の学校林から伐り出されたものであるということ。樹齢は50年から60
                年くらいを数えるもので、この苗を植えたのは地域のかつての子どもたち、今の自治会長さんたちの世代(児童から見ればおじいちゃんの世代)です。そして搬出の作業には、森林組合などのサポートを受けながら児童たちが直接担当。傾斜のきつい斜面から数人がかりで担ぎ出したものです。つまり、植えられてから三世代をかけて、木々が木材として生きるに至ったということです。
                 
                 二つ目は、デッキの組み立てが、一流の大工さんの技術を用いて行われたことです。城跡などの文化財修復や社寺仏閣の建築などを手掛けられている大工さんの芹澤さんたちが、小田原城銅門にも用いられた木組みの工法で、しかも、樹皮を剥き、面を整えるのに「ちょうな」という道具を使うなど、小田原に伝わる伝統的な木造技術が使われているのです。昨日のオープニングにも芹澤さんが来られ、児童たちにその話をして下さいました。組み立てへの過程では、児童たちが自ら皮むきに参加するなど、できる範囲で一緒に作業を行ったことも、この遊具への児童らの思い入れを強いものにしています。


                 三つ目は、学校林からの木材搬出に前後して、児童たちは森と海の関係についても学んだことです。山に木を植えて放っておけば良いというものではなく、適切に手を入れ、樹間を適正に保つためにも伐期を迎えた木は伐り出し、木材として活用していくことが、森の環境を守り、水源として保全することに繋がる。そこからの健やかなミネラルなどが川を下って、海を豊かにし、やがてはかつてブリが豊漁だったような小田原の海を蘇らせることになる。そんな学習をした上での、デッキ製作だったのです。

                 

                オープニングセレモニーには、早川小学校の全児童と教職員のほか、地元自治会長さんたち、PTAの皆さん、芹澤さんたち、そして応援した市職員らが参加。テープカットのあと、児童たちはいっせいにデッキに駆け上がり、木の感触を楽しみながら登ったり降りたりしていました。遊び場として、また憩いの木陰として、緑陰読書の場としてなど、様々な役割で活躍してほしいと思います。


                 そのような経緯と作業を経て完成したツリーデッキは、地域の皆さんに見守られ育つことのできる早川の象徴として、また多くの人たちの協力でひとつのものを創り上げた証(あかし)として、更には森と海の繋がりを思い出すことのできるものとして、早川の児童たちの心に刻まれ、受け継がれていくことでしょう。

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                新雪の初山視察
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                   17日、箱根町外二カ市組合の初山視察がありました。この組合は、箱根外輪山の明星ヶ岳から明神ヶ岳に至る稜線の西側(箱根側)の斜面に展開する森林の保有者らで構成される組合で、箱根町・小田原市・南足柄市にある該当の財産区代表などが議員になっています。活動としては、木材としての活用促進の他、森林保全、各種団体との調整など。毎年、一年の活動の最初に、組合施業地である森林を一望する「初山視察」が、1月17日に行われてきました。組合長を仰せつかっている私も、昨年から参加をさせて頂いております。

                   
                   前日夜から箱根山中では降雪があり、国道一号を登っていくと、塔ノ沢を過ぎる辺りから木々が白くなり始め、大平台辺りでは積雪が3cmほど。周囲は、枯れ木に花が咲いたように、木々が美しく雪化粧。施業地を一望する場所は、かつて強羅スケートリンクの駐車場があった早雲山中腹。この辺りは5cmは積もっていたでしょうか、柔らかな新雪を踏みしめ、早川の谷を挟んで対岸となる箱根外輪山の斜面に展開する森林を一望。美しい雪景色の中、気持ちの引き締まる初山となりました。

                   

                   市役所に戻り、午後は予算査定の作業を継続。生涯学習・芸術文化・スポーツ・文化財など、多岐にわたる事業を擁する文化部との議論で、各部局との査定はひとまず終了。判断を保留している複数の事業について、今日から各部局との追加議論を行った上で、最終的な予算額を決めていくことになります。今日もハードな一日です。

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                  阪神淡路大震災から17年
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                     16日は終日、24年度当初予算の理事者査定作業が続きました。東日本大震災を踏まえ、本市における防災対策や、各種インフラの維持修繕関係にはできるだけ対応するべく、これらの費用については今年よりもかなり予算増になる見込みです。ただ、それでも不十分と思われる箇所も見えてきたため、追加で議論を重ねる予定です。その中で、これまで手がついていなかった維持修繕関係の費用についても、手当をしたいと考えています。今日で各部局ごとの予算案の議論はいったん終了し、改めて全体像を確認したうえで、細部調整を行うことになります。
                     
                     今日で、阪神淡路大震災から
                    17年。西宮で私塾を営んでいた友人からの支援要請を受け、2トントラックに救援物資を満載して被災地入りし、延べ20日間ほどにわたって様々な支援活動を行った経験は、今の仕事をする上でも、ある意味原点となっています。17年経ち、いったいどうやって復旧させるのだろうかと途方に暮れるような被害に埋め尽くされた神戸のまちが、今ではその痕跡すら見つからないくらい、見事に復興を遂げています。また、あの修羅場の中で鍛えられ発揮された、お互いを支え合うボランティア精神と具体的な活動は、複数の大震災を経てさらに強化され、東日本の被災現場を支える大きな力となって育ってきました。焼野原と瓦礫のまちに立ち尽くし、6
                    千人以上の犠牲への悲しみに暮れながらも、それを乗り越えてきた経験を、私たちは決して忘れてはなりません。
                     
                     
                    今から17年後、東日本大震災の被災地はどうなっていることでしょう?被災した東北地方沿岸部の多くは、間違いなく新しい街に生まれ変わり、復興を遂げている筈です。しかし、放射能に汚染されてしまった地帯は、一定程度の除染は進むにせよ、極めて厳しい状態が続いていると考えざるを得ません。


                     被災地もさることながら、より本質的な関心は、この国の在り方がどう変わっているか、ということでしょう。再生可能エネルギーのシェアが大幅に高まり、原発への依存は大きく低下、地域分散型のエネルギー供給網が形成されていなくてはならないでしょう。また、各地域圏における、食料やエネルギーの自給体制、地域コミュニティの絆やケア体制などが、揺るぎなく確立されていなくてはなりません。


                     そもそも、それ以前の話として、この国の政治体制がどうなっていくのか、経済情勢がどう動いていくのか、国を支える基礎的な福祉システムや教育メカニズムの在り方も含め、見通しは効きません。

                    確かな暮らしや経済の実体、地域社会の健全な有りようを、地域の現場から構築する作業の中で、成功体験を積み重ね、この局面を切り拓いていくしかないと、私は感じています。

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                    マニフェスト自己評価
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                       12日、13日と、賀詞交歓会がギッシリ重なる日が続きました。初めから終わりまで参加することはほぼ困難ですが、失礼のできるだけないように、可能な限り冒頭の主催者ご挨拶と、来賓からの祝辞、そして乾杯くらいまではなんとか同席させて頂くようにしています。しかし、夕方以降に4件も5件も続く日はそれも難しく、途中から参加し、宴席のさなかにご挨拶を挟ませて頂くこともしばしば。また、可能な限り、その場に来られている皆さん全員に声をかけるようにしていますが、人数の多い会も多く、時間も不十分なため、新年会の席では主だった方々のみとの懇談となるケースが多いです。とはいえ、様々な方々とお会いする賀詞交歓会の席は楽しいもの。あと半月ほど、体調には注意しながら、できるだけ参加をさせて頂くよう、予定を組んであります。

                       
                       14日も、恒例の下府中連合自治会主催の新春の集いが、マロニエで盛大に行われました。立派な樽酒の鏡開きもあり、大いに賑わいました。その席で、地域主催の道祖神(どんど焼き)のお誘いがあり、15日には公務予定外でしたが、足を運ばせて頂きました。例年、子どもたちのお囃子、餅つき、大抽選会など、手作りの企画が盛りだくさんの、さながら地域の祭礼のようなどんど焼きには、地域の絆の強さを見せられる思いです。ぜひとも、世代を超えて受け継がれてほしいと思います。

                       

                       さて、今期私に与えられた市長任期も、あと4ヵ月ほどとなりました。掲げさせて頂いたマニフェストの進捗状況について、4月には外部の専門家の方に客観的な評価を頂く予定にしておりますが、それに先立ち、私自身がこの間の取り組みを総括、成果報告書の形でまとめる作業を行いました。8つの政策分野プラス4つの重点課題、63本の政策について、それぞれ実施した取り組みを列記すると共に、進捗度評価を点数化しました。

                       
                       着手率は、
                      100%。進捗度分布は、5段階評価としました。既に実施に入り、目標を達成したか、あるいは目標達成に向かう枠組みが構築されたものは、5点。実施に入っているが、まだ取り組みの途上であるものは、4点。実施することを決定し、総合計画に位置付けられたものは、3点。計画への位置づけはないが、モデル事業や試行の段階にあるものは、2点。庁内で検討が開始されたものは、1点。別の言い方をすれば、評価の重心を、政策実行へのプロセスの有無に置いていると言えます。


                       そのような基準に沿って各政策を採点、加重平均等を行った結果、マニフェスト全体の進捗度評価としては
                      100点満点に対し85点と言う結果となりました。進捗度の内訳として、5点が41%、4点が48%、3点が11%、2点以下は0%。4割以上が目標達成もしくは達成のための枠組みが構築され、9割以上の政策は実施に移されたということです。また、全ての政策は何らかの形で総合計画に位置づけが行われました。


                       85
                      点と言う数字は、多岐にわたる課題解決に向けた様々な政策実施に相当な精力を注いできたこと、また多くの市民や職員の協働が力強く進んでいることなどに鑑みれば、そのエネルギー量に相応な数字として、妥当なものと受け止めています。しかし、多くの市民の皆さんの暮らしや仕事の現場における、「新しい小田原への歩みが具体的な成果になっている」感からすると、甘過ぎるとのご批判もあろうかと思います。政策推進側の手ごたえと、それを現場で成果として判断する市民側のギャップを埋めるためにも、取り組んでいることの状況を逐一情報提供すると共に、その成果化を急がねばならないと感じています。

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