加藤けんいち日記

江之浦測候所一年

  18日午後、小田原文化財団の「江之浦測候所」を訪ねました。昨年10月にオープンした、現代美術作家の杉本博司さんの表現活動の集大成ともいうべき空間。国内はもとより、海外からも連日多くの来場者を迎えており、その存在と、ここを拠点とした杉本さんの表現活動の動静は、各方面から広く注目されるようになっています。この日は、既に熱海MOA美術館でも発表されている、千利休を題材にした新作能が、石舞台にて披露されるとのことで、私も拝見させていただいたものです。

 

  能の上演に先立ち、改めて広大な施設内をひと回り、杉本さんのご案内にて巡りました。風神雷神をテーマにした作品の多い杉本さんだからでしょうか、ここでの催しは風雨となることが多かったのですが、この日は秋らしい爽やかな晴天。広大な相模湾と青空を背景に、100mギャラリーや光学硝子舞台などの建築物はクッキリと映え、植えられた各種の樹木や、大切に育てられてきた苔なども、既に根付き、土地にしっくりと馴染んできたように見えます。

 

  昨年10月にオープンした、いわば第1期のエリアに加え、杉本さんは更に海岸線に下る樹園地など、施設空間の拡大を進められています。以前は長年の耕作放棄で荒れていた斜面地が開墾・整備され、柑橘園、竹林、榊(さかき)林などがスッキリと展開する、見晴らしの良い斜面になっています。この一帯に、杉本さんがこれまでに造ったアート作品などが置かれ、昔から存在していた段々畑の石積みなどと不思議な調和を見せていました。自然景観、古(いにしえ)からの農耕風景とも溶け合った、第2期ともいえる江之浦測候所の新たな空間は、第1期と違う表情をもって、多くの人たちを惹きつけ、魅了していくことでしょう。

 

  午後3時からは、石舞台にて、新作能「利休―江之浦」が上演されました。秀吉の小田原攻めの折り、数か月に及ぶ参陣の間、秀吉が茶の湯を愉しむ空間として江之浦に「天正庵」が設けられ、利休を呼んで茶をたてさせていたという故事にちなみ、利休の弟子でもあった細川忠興が久しぶりに庵の傍を通った折、利休の霊が現れ、死を命ぜられた秀吉への恨みを述べる、という趣向の能として、杉本さんが企画・監修したものです。石舞台に設置された能舞台を取り囲むように、各界の著名人も含め約300人の観客が見守る中、次第に黒雲が流れ刻々と移り行く空模様、にわかにザっと吹き抜ける風、コオロギの鳴き声も演出に加勢して、あたかも利休の霊がその場に降臨したかのような舞台となりました。杉本芸術の奥行の深さに、改めて感じ入った次第です。

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弘道館、足利学校

  15日から17日まで、日光市と姉妹都市を締結している苫小牧市・八王子市、そして小田原市が一堂に会する姉妹都市交流行事が、日光市の主催で開催されました。小田原市からは市長・議長らが参加しましたが、私は前後の公務日程により、15日の交流スケジュールのみに参加、翌日は昼までに小田原に戻りました。日光到着後、今市報徳二宮神社に眠る二宮先生の墓所を参詣し、全国報徳サミットが盛大に開催できたこと、映画が素晴らしい内容で出来上がったことなどを報告させて頂きました。

 

  日光に足を延ばす機を捉え、行き帰りの道中に日本を代表する「藩校」2校を訪ねました。8月からスタートした「おだわら市民学校」の運営と今後の方向性を考える上で、市民学校の着想を得た米沢藩の藩校「興譲館」など、かつて藩の人材育成の拠点であった「藩校」でどのような理念やシステムの下に人づくりが行われていたのか、また今日におけるそれぞれの立地自治体の人材育成や地域づくりに、藩校史跡という場がどのように活かされているのか、学びたいと思っていたからです。

 

  15日は、水戸にある「弘道館」。水戸藩主であった徳川斉昭によって1840年代に創設された、藩校としてはかなりの規模と体系を備えた教育機関でした。茨城県の管理であり、弘道館事務所の五来さんらにご案内頂きました。現在も、往時の「校舎」の主たる部分である「正庁」や、藩主の控室でもある「至善堂」などが公開されており、斉昭が掲げた教育理念と、そこに集った多くの人材が学んだであろう、凛とした空気感が伝わってきます。

 

  16日は、日光を早朝に出立し、足利市にある「足利学校」を訪問。日本最古の、そして往時の最高学府たる学校として有名であり、「学校」と書かれた扁額を掲げる「学校門」が、歴史の教科書などによく掲載されています。足利市教育委員会が管理しており、事務所の大澤所長さんにご案内頂きました。こちらも、3つの門をくぐり、正面に孔子廟、そして右奥には平成2年に復元された方丈などの建物が並び、大木の茂る森を背に、往時の面影と気配が漂っています。中世の頃には、北条氏からの庇護もたいへん厚かったようで、北条氏政から贈られたという中国の「文選」(国宝)には虎朱印が押されてあり、それにちなんで、足利土産にも虎朱印の最中があります。

 

  それぞれ、たった1時間だけの滞在でしたが、教育、そして人づくりに対する創建者の強い想いや、明確な理念のもとに、高い志と意欲をもって学びの空間が運営されていたことが窺えました。人づくりには、それを可能にするシステムや人的ネットワークが不可欠ですが、学びの空間である具体的な「場」の存在はやはり大きいと実感しました。今後、おだわら市民学校を育てていく上で、ひとつの重要なテーマとして温めていきたいものです。

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エイジレスライフ表彰、生きがいふれあいフェス

  「高齢者」の定義見直しの動き、公務員の定年延長などに反映されているように、元気な高齢者が増え、その活躍が地域社会の維持と活性化に無くてはならない存在となっています。小田原でも、地域コミュニティの様々な営みをはじめ、シニア世代の皆さんは実に多くの分野で活躍頂いており、まことに心強く、ありがたいと感じています。

 

  内閣府が実施している、「エイジレス・ライフ実践事例及び社会参加活動事例紹介事業」にて、市内在住の香川勝久さんが「エイジレス章」を受章され、11日、私から賞状と記念品を伝達させていただきました。この「エイジレス章」は、「エイジレス・ライフ(高齢者が、年齢にとらわれず自らの責任と能力において自由で生き生きとした生活を送ること)」を実践しており、広く全国に紹介するにふさわしい事例に与えられます。本市が取り組む「プロダクティブ・エイジング」の活動と、ほぼ同じ趣旨です。

 

  香川さんは現在78歳ですが、「さざなみ会」を創設、ふるさとの宝である「民話」の語り聞かせを市内小学校や老人ホームで16年間も継続して活動されているほか、保護司として更生保護活動に献身的に取り組まれてきたこと、また地元地域での自治会長や学校評議員など、様々な分野での地道な活動を通じて、地域に多大な貢献をされてきた方です。今年度は全国で58件、神奈川県では2件のみ選定されており、小田原市では初めての受章。香川さんには引き続き、小田原のシニア世代のお手本として、益々活動に励んで頂きたいとお伝えしました。

 

  13日・14日は「いそしぎ」にて毎年恒例の「生きがい・ふれあいフェスティバル」が開かれており、14日午後に私も会場を訪ねました。シニア世代の皆さんが日頃取り組んでおられる、様々な分野のサークル活動などが展示・紹介される企画で、さながら「シニア世代の文化祭」といった趣があります。絵手紙・木版画・七宝・パソコン・囲碁将棋・ニュースポーツ・ダンス・木彫・手芸・陶芸など、様々な生涯学習系サークルの展示やステージ発表、市シルバー人材センターの皆さんによる刃物研ぎや竹とんぼづくり、市老人クラブ連合会(創友クラブ)の皆さんによる作品展示などが、「いそしぎ」の会場をいっぱいに使って繰り広げられていました。一つひとつのコーナーを拝見するとともに、その場におられたシニア世代の皆さんとの会話を楽しみつつ、その元気さに感服したところです。

 

  会場の一画では餅つきをやっており、70代と思われる男性たちが17〜18臼もの餅を搗いている真っ最中。私にも声が懸かったので、ひと臼、久しぶりに搗かせていただきました。多くの人生の先輩たちに元気を頂いたフェスティバルでした。

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映画 二宮金次郎

  全国報徳サミットが終了した13日の午後、映画「二宮金次郎」の試写会が、市民会館大ホールに於いて開かれました。サミットに参加された多くの皆さんがそのまま会場に残り、じっくりと鑑賞しました。
 

  上映に先立ち、午前中から会場入りしておられた五十嵐監督、合田雅吏さん、榎木孝明さん、田中美里さんに加え、「豊田正作」役の成田浬(かいり)さん、「壺振り五平」役の柳沢慎吾さん、少年時代の金次郎を演じた市内中学生の安藤海琴君が、揃って登壇。作品の完成に寄せての思いがそれぞれから語られました。その後、監督と出演者の皆さんは会場に降り、客席を埋めていた報徳関係者と共に、記念撮影。合田さんの掛け声に合わせ、全員で「今こそ、二宮金次郎!」と声を上げました。
 

  さて、いよいよ上映。5年ほど前に五十嵐監督から映画化の構想と協力の要請を頂いて以来、様々な経緯と紆余曲折、そして製作にまつわる困難がありながら、「おだわら市民応援団」の皆さんの大活躍などもあり、何とか試写版完成にこぎつけた、この映画。事前に試写を観ておられた何人かの人たちからは「良い作品だ」との評価を聞いてはいましたが、正直、この目で観るまでは心配でした。
 

  まさに固唾を呑んで見守った2時間弱の上映時間は、あっという間に過ぎていきました。内容については詳しく触れませんが、たいへん素晴らしい作品に仕上がっており、感動と共に大きな安堵感に包まれました。
荒廃した桜町の建て直しへ体当たりで取り組んだ金次郎。夫を信じてしっかりと支えた「なみ」の優しさと強さ。金次郎の考えと生き様に触れ、共に村の立て直しに尽力した「岸右衛門」。博打に明け暮れていたが、やがて百姓の道に目覚めていく「五平」。金次郎の仕法を潰しにかかるが、最終的には金次郎の協力者となっていく「豊田正作」。金次郎を見出し、全てを任せ、金次郎の心の拠り所であった「大久保忠真公」・・・。いずれも、良き役者さんを得て、胸に迫る人物像となっていました。もとより、この作品に対する思い入れが強いこともあり、涙が何度も頬を伝いました。上映が終わって明るくなった場内では、特にこの映画の成立を支えてきた皆さんたちは、一様に感動の面持ち。眼を赤くしながら、握手を交わしたり、互いに「良かった、良かった!」などと声を掛け合っておられました。本当に良かった。

 

  映画の完成を受け、今後は各地で上映が進められる段階へと向かうことになります。今のところの予定では、年明け早々の1月6日に小田原市民会館にて、続く3月には日光で、それぞれ全国公開に先駆けての一般向け上映が行われ、夏以降に全国で順次公開されるとのことです。一人でも多くの人たちに、金次郎の生きた姿を見て頂きたいと思います。

| - | 12:07 | - | trackbacks(0) |
報徳サミット小田原市大会

  12日・13日にわたり、全国報徳研究市町村協議会の総会、そして第24回全国報徳サミット小田原市大会が開催されました。

 

  協議会には、報徳にご縁のある全国17の市町村が加盟しており、今回のサミットにはこのうち14の市町村から首長や教育長らが出席。12日の総会では、事業および予算についての審議、東日本大震災を契機に平成24年から始めた「子ども支援部会」の活動報告、ドラマ化への要望活動の状況、掛川市と豊頃町などが始めている地域物産交流「互産互消」事業の報告などが行われたほか、各地での報徳関係の取り組みについて情報交換。この中で、去る6月27日にご逝去された浪江町・馬場町長の後任として着任されている吉田町長に、現在の浪江町の様子などを詳しくご報告いただき、まさに復興はまだ道遠し、の感を一同で共有しました。

 

  翌13日のサミットは、市民会館の2階席まで埋まる、各地からの報徳関係者らの参加の中、盛大に開催。城北中学校吹奏楽部の素晴らしい歓迎演奏に始まり、開会行事、小田原の5人の小学生たちによる作文発表、報徳二宮神社の草山明久宮司による基調講演、そして参加首長らによるパネルディスカッション、最後は映画「二宮金次郎」の試写版完成の紹介と、盛りだくさんのプログラムとなりました。

 

  今回のサミットは、これまでの定式化されたサミットへの反省と、今後に向けた私たちの決意を込め、「報徳の原点から見直す〜未来へ向けたひとづくり・まちづくり」とテーマを定めました。単に二宮先生の教えを学び顕彰するだけでなく、今日的課題に向け報徳の訓えを継承する立場にある私たち協議会加盟市町村の実践を問う内容とすることを目指したのです。そうした中で出色だったのは、草山宮司の講演。「報徳流地方創生術」と題したお話の中で、「今こそ実践すべき報徳」との観点に立ち、「報徳思想」を学ぶだけではなく、「報徳仕法」を実践すべきときに来ていると、自ら取り組まれている「小田原柑橘倶楽部」などでの様々な地域資源活用型の事業を紹介され、実践こそ大切であるとの力強いメッセージを発してくださいました。

 

  続くパネルディスカッションでは、私が司会進行を務め、参加した首長6名と草山さんとのやり取りを通じて、各地で取り組まれているひとづくり・まちづくりの取り組みを情報共有。草山さんのお話に刺激を受けた各首長からは、どちらかと言えば「教えの普及」に偏っている現在の取り組みに加え、今後は地域経済活動などまちづくりでの実践に取り組んでいきたいとの表明が相次ぎました。

 

  最後は、五十嵐匠監督、金次郎役の合田雅吏さん、妻のなみ役の田中美里さん、大久保忠真公役の榎木孝明さんが登壇。予告編の上演に加え、作品が出来上がったことが紹介されました。私からも、「生きた金次郎を見た人は、この中にはいません。これからは、この映画に登場する合田金次郎を通じて、その姿と生き様を知ることができます。ぜひ多くの皆さんに観て頂きたい」と、呼びかけをさせて頂きました。

 

  閉会式では、栢沼教育長朗読によるサミット宣言を採択し、来年の開催地である茨城県筑西市の教育長に、歴代開催市で受け継がれてきた金次郎像を手渡して終了。実行委員、関係者、そして職員らの工夫と努力により、中身の濃いサミットとなったことを有難く思うとともに、無事に開催市としての役割を終え安堵しています。(この日の午後に試写が行われた、映画「二宮金次郎」のことについては、明日の日記で触れます。)

| - | 12:37 | - | trackbacks(0) |
川崎市・福田市長と市内一周

  9日、川崎市の福田市長と数名の市職員の皆さんが、小田原に来訪されました。

 

  神奈川県の東端と西端、人口150万人と19万人、住環境や産業構造など、大きな違いのある両市ですが、小田急線・東海道線で結ばれており、川崎市の飲料水の半分が酒匂川の水で賄われているなど、実はしっかり繋がってもいます。そんな両市の間で、今後市民レベルでの交流を進め、お互いにとってメリットのある関係を築けないか、そんな思いを両市長間で共有していたことから、まずは小田原の様子をご案内することとなったものです。

 

  午後2時過ぎから日の暮れる6時くらいまでの4時間、「川崎に無くて小田原にあるもの」を中心に、視察コースを設定。私も同じワゴン車に乗り込んで、ガイドをさせて頂きました。

 

  まずは、「森」と「木材」。広大な山林と木材供給の拠点エリアとして、「わんぱくらんど」と辻村山林に設けられている「フォレストアドベンチャー」、森林教育の拠点でもある「いこいの森」、小田原市森林組合の貯木場、隣接する製材施設「おだわら木材流通センター」をご案内。おだわら環境志民ネットワーク会長でもある辻村百樹さん、製材の匠である大山謙司さんにも、直接お話を伺いました。また、移動中に木工団地に立ち寄り、「薗部産業」の見事な木材加工プロセスを社長自らご説明頂きました。

 

  次に、「田園」と「酒匂川」。尊徳記念館の東側に広がる、東栢山の広大な水田、その横を流れる酒匂川の土手をご案内。川崎にはない広々とした水田風景、酒匂川の土手からの眺めに、福田市長は歓声を上げておられました。

 

  酒匂川を渡り、曽我の里へ。梅林の中で写真館・梅資料館を開いている柏木茂高さんから、梅農家の様子などを拝聴。小田原名産の梅といえども、農家の高齢化と担い手不足が深刻化しつつある現状に触れるとともに、十郎梅の梅干しを味見、果皮が薄く果肉が厚い十郎の美味しさに舌鼓。

 

  梅林を抜け、田島農道から足柄平野を一望したあと、西湘バイパスで海岸線を走り、川崎市民に水を送っている飯泉取水堰を遠望しながら、早川へ。漁港周辺の風情を感じながら、早川〜片浦の柑橘地帯へ。旧片浦中学校の活用の様子、「サドルバック」での馬房やアウトドア体験フィールドの見学などを経て、すっかり日が暮れた頃、江之浦漁港に到着。

 

  小田原の外周部をまさに一筆書きで周り、川崎にはない小田原の自然環境の広がりや、なりわいの実際を感じて頂けたようです。今後、どのような交流を展開できるか、構想を練っていくことになります。新たな都市間交流のスタートに向け、今からとても楽しみです。

| - | 12:09 | - | trackbacks(0) |
市民文化祭、花と緑へのご寄付

  先月から始まっている第65回小田原市民文化祭では、参加諸団体の活動発表会などが各週末を中心に活発に行われています。今年は日程の許す限り各会場に伺い、皆さんの活動の様子を拝見することとしています。

 

  6日は市民会館大ホールにて、小田原音楽連盟の皆さんによるチャリティコンサート。若手から実力派までの多彩な演奏家・歌い手の皆さんが一堂に会し、様々な演目が次々と上演される趣向。最後は私もご一緒させて頂き、参加者全員で「ふるさと」を歌い上げました。

 

  7日は、生涯学習センターけやきにおいて、ホールでは小田原謡曲連合会の皆さんによる謡曲大会、大会議室では小田原俳句協会の皆さんによる俳句大会が、それぞれ開かれていました。謡曲大会では、氏政・氏直が秀吉率いる軍勢に滅ぼされるくだりを描いた「北條」などが朗々と吟ぜられ、俳句大会では大勢の会員の皆さんが投句を行っておられました。夕刻には、市民会館大ホールで開かれていた市民合唱祭へ。日中の公務が立て込んでおり、20以上のコーラスグループが次々と登壇するプログラムのうち、最後のほうしか聴けなかったのですが、ゲスト出演されていた「お江戸コラリアーず」の男性たちの見事な歌声、そして最後に会場全員で歌った「群青」での一体感など、たいへん感銘を受けました。

 

  また、今週は「花と緑」でまちを豊かにするための取り組みに、市内2団体からご寄付がありました。

 

  ひとつは、小田原松風ライオンズクラブの皆さん。7日午後、昨年に引き続き、幸田口通りの入口(UMECO前の交差点、ミスタードーナッツの前)の照明柱に設置するハンギングバスケットをご寄贈頂いたものです。ここ数年、街なかを花と緑で彩る取り組みを進める中、ハンギングバスケットについても毎年少しずつ数を増やし、東口駅前広場、中央通り、幸田口通り、そしてお堀端通りなどへ展開を進めていきますが、こうして民間の皆さんからの寄附やスポンサーになる形で増やして頂けるのは、本当に有難いことです。

 

  もうひとつ、9日、神奈川県宅地建物取引業協会(宅建協会)小田原支部の皆さんから、ふるさとみどり基金へご寄付を頂きました。平成16年から毎年ご寄付を頂いており、快適な住環境づくりに欠かせない街なか緑化などへのご支援となっています。宅建協会さんには、空き家バンクなど市の様々な重要政策でもお力添えを頂いており、街づくりにおけるパートナーとしてたいへん心強く感じています。

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オリーブ収穫祭

  6日、「小田原オリーブ収穫祭〜収穫体験ツアー〜」が開催され、私も朝から参加しました。

 

  耕作放棄地の拡大や担い手の不足、獣害の深刻化などに直面している市内農業、とくに小田原名産の柑橘栽培におけるそうした問題を踏まえ、市場における人気が高く、加工による高付加価値化が可能で、しかも獣害に強いオリーブに着目、国内最大の産地である小豆島を訪ねたのが、平成25年6月でした。以来、小豆島のオリーブ農家の皆さんにご指導を頂きながら、翌26年度よりオリーブ苗木の購入補助事業を開始、市内農家により結成された「小田原オリーブ研究会」の皆さんとも力を合わせ、オリーブ栽培の拡大を推進。昨年は約100圓亮穫があり、初めて小田原産のオリーブオイルや新漬けができました。

 

  事業開始以来、今年で5年が経過、現在は市内農地約4haに約2000本のオリーブが植えられるに至っており、今年は昨年以上の収穫が見込まれることから、満を持して「収穫祭」が催されたものです。会場は、前羽小学校の裏手にある「坊山」の東南面、研究会に所属する農家さん(石塚さん、小野澤さん)の圃場。かつてミカン栽培を行っていた圃場の一部をオリーブに改植した農園は、眼下に広大な相模湾と湘南方面の海岸線を望む、素晴らしいロケーション。台風25号が日本海を通過中で、南からの風が入り気温が30度を超えるような暑い日となりましたが、参加した皆さんはこの眺望だけでもたいへん喜んでおられました。

 

  この日の作業は、まずオリーブの実を収穫し、それを特製のスケールを用いて大きさにより選別するという工程。参加した35名の皆さんと一緒に、まずは収穫作業。植えられているオリーブは数種類の品種が混ざっており、木によって実の付き具合が異なり、中には鈴なりに実っている木も。30分ほどかけて、40圓曚匹亮造鮗穫。その後、複数の場所に分かれて、一粒ずつ大きさを見極めて仕分け。直径が14舒幣紊A、それ以外をBとして分ける作業は、やはり30分ほどを要しました。一粒ずつ仕分けしながら、初収穫の歓びが沸々と湧いてきました。Aに仕分けたもののうち、特に表皮などがキレイなものは新漬けにして販売に回し、それ以外のものは参加者向けの新漬けに使います。

 

 この日の定員は35名でしたが、応募があったのは100名以上。参加者の多くは、毎日新聞などの記事を読んですぐに応募して来られた、県内各市からの参加者で、特に横浜や川崎からの方が多く、遠い方は京都から来られていました。オリーブを愛好する広汎な消費者層の存在を感じます。私はお昼までの参加でしたが、他の皆さんは午後のプログラムでオリーブを使ったデザートづくり、オイルのテイスティングなどのプログラムを楽しまれたようです。なお、応募しながら今回参加できなかった人たちのために、月末にもう一度収穫祭を行う予定です。

 

 ともあれ、5年目にしてようやく本格的な収穫を迎え、多くの人たちと収穫の歓びを分かち合えたことは、たいへん感慨深いものがあります。生産者の皆さんのご理解と参加、防除や風対策など日々の丹精、そして普及を進めた農政課職員たちの研鑽と努力の賜物であり、その労をねぎらいたいと思います。今後、他の圃場で収穫されたものも含め、オイルの搾油、新漬けなど、商品化の作業が進み、11月3日にHaRuNeで予定されている「オリーブ彩(いろどり)マルシェ」などで販売に供される予定です。

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ノーザンビーチ、ドイツ

 5日は、国際交流関係が2件重なりました。

 

 朝一番で来てくれたのは、今年度の「ときめき国際学校」に参加している、オーストラリア・ノーザンビーチ市の17名の中学生・高校生たち。2日に小田原に到着、すでに小田原周辺での交流プログラムが始まっている中、改めて市役所を表敬訪問してくれました。

 

 小田原到着後4日目ということもあって、生徒たちはすでに落ち着いた様子。パートナーとなる、小田原から参加している中高生の家庭にホームステイしながら、市内見学、各種文化体験、市内小学校訪問など、小田原での交流事業を元気に楽しんでくれているようです。11日に帰国の途に就くまで、たくさんの貴重な体験と、生涯の糧となる友情を育んでほしいと願っています。

 

 ちなみに、旧マンリー市が周辺2市と合併しノーザンビーチ市になってから、2年が経過しつつあります。今回で28回目を数え、既に1300人を超える青少年が参加したこの「ときめき国際学校」事業は、ノーザンビーチ市の新市長も高く評価しており、今回も親書を頂いたところですが、同市として海外の姉妹都市交流事業に今後どう取り組んでいくかは、まだ決まっていないとのこと。今回も生徒たちを率いて参加してくれている、旧マンリー市職員で現在はノーザンビーチ市職員となっているトリッシュさんに、今後良い方向で進むよう、市長によろしく伝えてほしいと依頼しました。

 

 午後は、ドイツ連邦議会議員(日本の国会議員に相当)のお二人が、市役所をお訪ね頂きました。

 

 来庁されたのは、ドイツ社会民主党のクラウス・ミントルップ議員と、ヨハン・ザートホフ議員。在日ドイツ大使館の書記官も同行されました。ドイツ社会民主党(SPD)は政権与党であり、環境・自然保護・建設・エネルギーなどをテーマとする委員会などで枢要な役割を担っているお二人が、日本のエネルギー政策や情勢について知見を深めるべく、今回来日。日本で早くからエネルギー分野に取り組み、ドイツ・オスナブルック市とも協力関係を築いている小田原市の取り組みに大きな関心を持たれたことから、3日間の滞在の中で小田原に立ち寄られたものです。

 

 この日は、市役所に来られる前に辻村山林のメガソーラーと、足柄小学校の蓄電池・太陽光発電施設を見学されました。また、3日には都内にて国内のエネルギー関係諸団体などとの意見交換、4日には福島訪問などを行っており、多角的な観点から日本のエネルギー政策の現状に触れてこられたようです。

 

 市議会の加藤議長にも同席頂いての1時間ほどの意見交換では、小田原の現状や今後の取り組みについての説明、日本のエネルギー政策の現状と課題などを説明し、遥か先を行くドイツから引き続き様々なことを学ばせて頂きたい旨をお伝えするとともに、両議員からはドイツでの実績を踏まえたご意見やアドバイスを頂きました。ドイツとは、様々なレベルで繋がりが拡がってきており、今後のエネルギー政策推進に向けたいへん心強く思っています。

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全史協甲府大会

  全国史跡整備市町村協議会(略称:全史協)の第53回大会が甲府市で開催され、理事市として3日・4日の2日間にわたり参加しました。

 

  3日は、甲府富士屋ホテルを会場に大会、記念講演、情報交換会。全国から集まった役員市町村の首長さんや文化財担当職員らと旧交を温めつつ、3年後に京都移転を控え組織改編を行なったばかりの文化庁職員の皆さん方とも意見交換、有意義な交流となりました。

 

  会場となった甲府市は来年が開府500年ということで、市を挙げて様々な取り組みが進められており、人口規模はさほど小田原と変わらないものの、県庁所在地でもあり都市基盤整備が着実に進んでいるとの印象を受けました。防災協定を結んでいる甲府市の樋口市長とは、歴史的な経緯も含め今後も連携を深めていくことを確認させて頂きました。

 

  4日は、3コースに分かれてのエクスカーションが行われ、私は北杜市・南アルプス市のコースに参加。午前中は、縄文期以降の豊富な出土品などを収蔵している「北杜市考古資料館」、鎌倉〜室町期の城跡である「史跡谷戸城跡」、縄文期の住居跡など最近整備が行われた「史跡梅之木遺跡」を見学。八ヶ岳南麓に広がり眼前に南アルプスを望むこの辺りの広大な高原には、縄文期の遺跡が多数存在しており、今も別荘地や定住希望者の多い土地。日照時間の長さ、多数の沢や湧水、豊かな森、周囲の山々の眺望など、太古の昔からヒトが住みたいと思える土地だったのかもしれません。

 

  午後は、南アルプス市へ。南アルプスの山域から流れ下って来る釜無川の支流域は、国内でも屈指の水害多発地帯であり、信玄の時代から治水に大変な苦労が重ねられた土地。旧芦安村を流れ下っている御勅使(みだい)川はその代表格で、様々な治水技術の粋が土木遺産級の史跡として遺されています。本格的コンクリートの砂防堰堤としては国内で最初に築かれた巨大な「芦安堰堤」、御勅使川が扇状地に注ぐ流れを制御するための堤防であった「石積出(いしつみだし)」、流域住民の死活に係わる農業用水を水害から守るための「桝形堤防」を見学。この地の先人たちの大変な刻苦の象徴でもある実に貴重な遺跡群であり、とても見応えがありました。

 

  感銘を受けたのは、こうした郷土の貴重な文化財を、単に保存・記録しているだけでなく、地域の未来を担う子どもたちにとっての生きた教材として、しっかりと学ぶ取り組みがされていることです。実際、この日に石積出の説明をしてくれたのは、地元の小学校6年生の児童の皆さん。20人ほどの児童たちが役割分担し、暴れ川であった御勅使川の歴史、石積出の役割、みんなで守り受け継いでいくことの大切さなどを、石積出の前で演じてくれました。過去の全史協大会のエクスカーションには何度か参加しましたが、このように史跡を生きた教材としている事例、しかもその説明を子どもたちがしてくれた例は初めてであり、素晴らしいと思いました。他の史跡のご案内においても、南アルプス市の文化財課職員の皆さんの工夫や意欲は際立っており、たいへん刺激を受けた次第です。

 

  小田原市では、博物館構想をすでに取りまとめ、特定の博物館施設に集約するのではなく、市域全体を博物館に見立て繋いでいく「フィールドミュージアム」構想を目指しています。南アルプス市ではまさにそれを実践されており、今後大いに学ばせて頂こうと思います。

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